TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】映画館のある街で トルコ篇

執筆:内田洋介

2025年8月11日

薄暗い空間にイスが並んでいる。肘掛けにはポップコーン。な〜んの変哲もない、映画館の光景……のはずだった。

変わり映えのなさに肩を落とし、一応、写真を撮った後のことだった。ポップコーンが手に触れた瞬間、容器が落下。薄暗闇のなかに白い粒々をぶちまけた。
肘掛けのドリンクホルダーは当然丸い。それなのに、容器の紙袋は四角い。不安定を承知で被せるように置いていたがために、案の定、ふた口目にはこぼしてしまったのだ。

日本なら絶対、こんなことにはならないのに……ポップコーンを拾い上げていると、不満げな思いとともに、ようやく遠くへ来た実感が込み上げてきた。アジアの反対側のトルコ、それもイスタンブールから遠く離れたワンに来た実感が。

ぼくはフリーランスとして編集・執筆をしながら、『LOCKET』という独立系旅雑誌を個人で運営している。デザイナーはYunosuke。インディペンデントマガジンでも、リトルプレスでも、ZINEでも、呼ばれ方はなんだっていい。けっこうがんばっているよ。
そこで自分に課しているのが、毎号トルコで撮り下ろすこと。単純に好きな国だし、深く深く知る国をひとつはもちたかったから。
このときは第7号を映画館特集とすることに決め、4回目のトルコに向かっていた。

でも、ワンへ着いたころには特集決めを失敗したと思った。玄関口イスタンブールから東へ約1200km。東京から福岡よりも遠い距離を移動してきたのに、映画館なんて全然ない。あってもシネコンしかない。
そりゃあ、ぼくだってシネコンにはよく行くよ。『国宝』だって『鬼滅の刃』だって観たばかり。ごめん。ごめん。守れなくてごめん。
でも、それは日本での話。食文化が豊かな土地で、希少な逆さチューリップだって見られるのに、なにも変わり映えのしない映画館にフイルムを費やさなくても……。

それがポップコーンを拾い上げているうちに、小さな粒々ほどの手応えがした。
日本と似ているようで、ちょっとだけ違う。些細な違いのようでいて、決定的な差異。
それは、ぼくが繰り返しトルコに足を運んでいる理由そのものだった。

なにもシネコンでポップコーンを拾うために、イランやイラクの国境に近いワンまで行きたくないと思ったキミは、きっと間違っていない。
それなら高野秀行さんの『トルコ怪獣記』(河出文庫)を読むか、イスタンブールの「Kadıköy Cinema」へ行ってみるのがいい。上に写真のある地下洞窟のような、宇宙船のような映画館。
日本にありそうで、見たことないよね?

プロフィール

内田洋介

うちだ・ようすけ|1991年、埼玉県生まれ。フリーランスとして編集・執筆活動をするかたわら、2015年に独立系旅雑誌『LOCKET』を創刊。7冊目となる最新号では、映画館を特集。インド、ルーマニア、トルコ、ウクライナ、ハワイなどで撮り下ろされた、世界各地の映画館が収録されている。全国170軒の取り扱い店舗、およびオンラインサイトで入手可能。

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