TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#4】深夜のマンションで遊ぶ子供
執筆:稲川淳二
2025年9月4日
私、思うんですが、身の回りに不思議な事があっても、気が付かない事ってあるんですね。
不思議な事が起きても、意外とみんな、気にしていないんですよ。
例え経験しても、すぐに忘れているんです。
私と友人で、私の先輩が住む、とあるマンションを訪ねた時の話なんです。
その先輩は、都内の公団に住んでいる人なんです。
古い公団の建物で、9階建てのマンションなんですね。
その9階に、先輩は住んでいるんです。
私は友人と一緒に、夜中の12時半に先輩の部屋を訪ねたんですよ。
普通の人でしたら、常識外の時間ですよね。
でも同じ業界の者同士だと、この時間の方が都合が良い事が多いんです。
先輩は独り者ですし、寂しがり屋だから、訪ねて行くと喜んでくれるんです。
だから夜中に、友人とふたりで遊びに行ったんです。
東京でも夜中の12時半ですし、住宅地にあるマンションですから、とっても静かだったんです。
1階のエレベーターの前に立って、上りのボタンを押したんです。
階数の明かりが点いて、旧式のエレベーターがスーッ、と降りて来たんです。
するとエレベーターの中から、子供の話し声がするんですよ。
エレベーターはどこにも停止しないで、スーッ、と降りて来ているんです。
子供の声もそれに合わせるように、段々大きくなるんです。
どうやら、降りて来るエレベーターの中で、子供達が騒いでいるようなんです。
こんな夜中なのに。
でも東京ですから、夜更かしする子供もいますよ。
『やけに深夜に騒いでいるなぁ』
そう思っていたんです。
やがてエレベーターは、2階まで降りて来たんです。
子供達はゲラゲラ笑いながら、騒いでいるのがハッキリ聞こえるんです。
『この勢いだと、1階に着いて扉が開いた途端、子供達が飛び出て来る』
そう思ったから、友人とふたりで扉の前から横へ動いて、扉が開くのを待っていたんです。
エレベーターが1階に着いて、チン、と音がして扉が開いたんです。
ガシャッ、と扉が開いたんですね。
そしたらエレベーターの中は空なんです。
誰も出て来ないんですよ。
『あれぇ』
隅っこにいるのかと思って、友人とふたりで中に入ったんです。
いないんです。
どこにも子供の姿がないんです。
『おかしいな?』
友人とふたりで目を合わせながら、考えていたんです。
するとエレベーターの扉が閉まって、そのまま9階に上がって行くんです。
『おかしな事があるなぁ』
そうは思ったんですが、人間というのは、そんな事はすぐに忘れるんですね。
この事、私もずっと忘れていたんです。
ただ、ツアーで喋る話を普段からよく思い返したり、考えたりしているんで、どこかで記憶されていたんですよ。
でね、その年のツアーが終わった頃。
その公団に住む先輩から、電話が入ったんです。
話が弾んで、互いに近況なんか話していたんです。
すると先輩が急に、
「実は夏頃、おかしな事があったんだよ」
「何ですか?」
「俺の住んでいる9階でなんだけど、通路を子供が夜中に走り回って、はしゃいでいるんだよ。9階には子供、いないのにねえ」
「えっ?」
「わざわざ夜中に子供が9階に上がって遊んでいるわけでもなさそうだし、なんでだろう?」
「でな、やたらと気になったから、玄関に行って玄関の扉を開けて、廊下をヒョイッ、と見たら誰もいないんだ」
廊下はシーン、としていたんだそうです。
「エレベーターは動いていないし、階段を駆け下りる音もしないし・・・」
「不思議なんだよなぁ」
その話を電話でしながら、私も急に思い出したんです。
前に、友人とふたりで深夜に先輩のマンションへ遊びに行って、エレベーターから子供の声がしたのを。
「あーっ、先輩ね、実は・・・」
私が言いかけると、先輩が電話で、
「おい、子供が来てるよ!」
「聞いてみろよ」
私ね、受話器に耳を当てて耳を凝らして聞いていると、確かに聞こえる。
子供の声が聞こえるんです。
はしゃいでいる子供の声が、確かに聞こえる。
「もしもし、もしもし」
話し掛けると、先輩から声が返って来ない。
そしたら急に先輩が大声で、
「おい、入って来ちゃったよっ!」
『うわーっ』
と思って、私も耳を凝らして聞いていたんです。
子供の声が、受話器の向こうで確かに聞こえるんです。
はしゃいだ声で、何か喋っているのがしっかり聞こえる。
「もしもし」
「もしもし」
何度呼び掛けても受話器の向こうから、返事が返って来ない。
子供の声だけが、ドンドンドンドン大きくなる。
受話器の向こうから、子供の声がよりハッキリ聞こえたんです。
子供が私に、話し掛けて来たんですよ。
「ねぇ、この人寝てるの?」
もうひとりの子供の声がして、
「違うよ、死んでんだよ」
ハッキリ、私には聞こえたんです。
「ええっ!」
あまりの事に、ビックリしたんです。
先輩は、いくら呼び掛けても返事をしないんです。
そうこうしていると、電話が一方的に、
“プツッ”
と切れたんです。
気味が悪くて仕方がないから、暫くして先輩のところに電話をしたんです。
電話のコール音はするけど、先輩は一向に電話に出ないんです。
『これはまずい』
そう思ったから、すぐ友人に電話したんです。
その時、私は携帯を持っていなかったので、
「悪いけど、携帯ですぐに先輩のところに電話してくれ」
そう頼んだんです。
「もし何かがあったら、私と一緒に出掛けてくれないか」
そうも頼んだんです。
友人も、
「よし、分かった!」
15分ほど待ったでしょうか、友人から電話が来たんです。
友人は、声を落として、
「おい稲川、先輩、今東京にいないぞ」
「えっ?」
「仕事で、ずっと山形に行ってるんだってさ」
「ええ? じゃあ、今の電話は一体誰なんだ?」
私にしてみれば、狐につままれたような気分ですよ。
寝ぼけているわけでも、酔っぱらっているわけでもないんですよ。
確かに先輩のマンションから、電話があったんだから。
それで、先輩の部屋に入って来た子供の様子も、ハッキリ聞いていたんですから。
それから暫くしてなんですが・・・
この先輩の行方が分からなくなったんですよ。
行方不明になったんです。
どこへ行っているのか、何をしているのか、一向に行方が分からないんです。
部屋代の方は誰かが支払いしているのか、それも知らないんですが、部屋はそのままなんですね。
これ、不思議ですよ。
不気味な話なんです。
でも誰も気が付かない、なんでもなく見逃してしまう事なんです。
私は気になって仕方がないんですが。
電話口で、子供が話していたあの事・・・
「ねぇ、この人寝てるの?」
「違うよ、死んでんだよ」
まさかと思って、うち消しているんですが。
その後も、先輩の行方は分からないままなんです。
仕事で出掛けているとか、暫く旅に出ているのなら良いんですが。
気に留めないと、そのまま見逃してしまいそうですが、何か危険な予兆でなければ良いんですが。
今でも気になって仕方ないんです。
先輩は何を見たんでしょうか。
子供が部屋に入って来た後、どうなったんでしょうか?
それとも・・・私の聞き間違いだったんでしょうか?
終わり
プロフィール
稲川淳二
いながわ・じゅんじ|怪談家・工業デザイナー。33周年全国ツアー『MYSTERY NIGHT TOUR 2025 稲川淳二の怪談ナイト』33年連続公演 開催中!
稲川淳二の『稲川芸術祭2025』作品募集中。
YouTube
https://www.youtube.com/channel/j-inagawa-memorial
Official Website
https://www.j-inagawa.com
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