TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】待っていた友

執筆:稲川淳二

2025年8月21日

中部地方の小さな田舎町で、

人口が少ない事もあって、

子供達の人数も少ない事から、

小学校から中学校へと、同じ顔触れのまま、

みんなが一緒に進級するんで、

お互いが兄弟のように仲がいい。

で、高校生になると、

列車通学するか、

親元を離れて、学校の寮や、

寄宿舎に入る生徒もいて、

その先は都会の大学に進学するか、

企業に勤めるかするので、

故郷に残る物は僅かしかいない。

といったわけで、

この仲のいい幼馴染の顔が揃うとすれば、

せいぜい、正月か御盆休みで、

帰った時くらいになってしまうんですね。

さて、大阪の大学を卒業して、

大阪で会社勤めをしている、

天野さんのところへ、

故郷の友達から、

“御盆に帰ったら、同窓会という名目で、

暫く振りにみんなで集まって、

飲み会をしましょう”

といった内容の通知が届いたんで、

もちろん、天野さんは出席する事にした。

そうして、その日が来た。

夏の夕暮どき、

会場になっている同級生の、

実家の小料理店の2階の宴会場に行くと、

いるいる。

懐かしい顔ぶれが集まってる。

2~3名が都合で参加出来なかっただけで、

男女合せて、17~8名、

ほぼ全員が出席して、

賑やかにお喋りが始まった。

酒もまわって、楽しい時間が過ぎてゆく。

そうして、

もうそろそろお開きという時刻になった頃に、

店の人が来て、

「天野さんに、お電話が入ってます」

と呼び出されて、

「ああ、すいません」

と言って、

(あれぇ・・誰からだろう?)

と思いながら、

1階の帳場に降りて行って、

「お借りします」

とことわって電話に出た。

「もしもし、天野ですけど・・」

と名乗ると、

『・・俺だよ、森だよ・・』

と懐かしい声がかえって来た。

「ああ、なんだお前かぁ・・・どうしてんだよ。

今、みんなで盛り上がってるとこだぞ・・・。

お前帰ってこれなかったのか?会いたかったなぁ・・・。

で、今、何所にいるんだ?」

と聞くと、

『俺も会いたいんだ、

今、小学校にいるんだよ、来てくれないか?』

と言うんで、

「小学校って、俺達の小学校か?」

と聞くと、

“ああ”

と答えた。

「何だよ、お前、帰って来てたのか、

だったらこっちに来ればいいじゃないか」

と言うと、

“それが、駄目なんだ、・・・・じゃ待ってるから”

と言って、電話が切れた。

小学校は、今は廃校になっていて、

古い木造校舎だけが残っている。

(あいつ、何で小学校なんかにいるんだろう?

何だか元気がなかったし、

いつもの森らしくないなぁ・・・)

と思った。

何か思い詰めてる様子が気になったんですが、

こっちに来れないという事は、

恐らく何かのわけがあって、

みんなに会いたくないんだろう。

それで、

自分にだけ電話をしてきたのかも知れないと、

宴会場に戻っても、今の事は誰にも言わなかった。

そうして、まもなくして、

お開きになると、

「さあ次に行こうかぁ・・」

となったんですが、

天野さん、

「悪いな、急に用事が出来ちゃってさ、

・・・後から行けたら、行くから」

とみんなと別れて、

ひとり、闇に包まれた夜道を小学校へ向かった。

やがて、夜空を背景に、

青い月明りを受けた木造校舎が見えてきた。

距離が近付くと、

「アレ?!明かりがついてない・・・。

おかしいなぁ、あいつ本当にいるのかなぁ、

からかってんじゃないだろうな・・・」

と言うともなく、

言葉が口をついて出た。

校舎の前まで来ると、

入口が開いているんで、

「やっぱり、来てるのかぁ・・・」

とひとりつぶやくと、

中に入って静まり返った廊下を行くと・・・、

闇の奥から不意に、

「オイ!ここだよ」

と声がした。

目を凝らすと、

暗い教室に森さんの姿があった。

木製の小さな椅子に掛けている。

天野さんも教室に入って行って、

椅子に掛けて、

「ここ、何年か前に廃校になったんだろう?」

と言うと、森さんが、

「ああ」

と頷いた。で、

「お前、どうしたんだよ。

こんなところへ呼び出したりしてさぁ・・・」

と、訳を聞こうとすると、

「ああ、悪かったな。お前には会っておきたくてさ」

という返事がかえってきたんで、

「何言ってんだよ、

今生の別れでもあるまいし、お前おかしいぞ」

とは言ったものの、

何か様子が違う、森さんらしくない。

それにしても、

夏だというのに、この古い木造校舎の中は、

妙にヒンヤリとして肌寒い。

天野さん、つい今しがたまで、

冷えた生ビールを飲んでいたんで、

急に用を足したくなって、

「悪いな、ちょっとトイレに行って来る」

と、森さんを教室に残して、

廊下に出た。

6年間過ごした校舎ですから、

迷う事なくトイレに行くと、

入口の壁のスイッチを入れた。

カチッと音がして、

少しの間を置いて、

蛍光灯が一本だけボンヤリとついたん

で、入って行って、

目の前の曇り硝子の窓を見詰めながら、

用を足している

と、ふっと、自分の後ろを、

何かがよぎったような気配を感じて、

「うっ!」

と息を呑んだ。

あたりをうかがってみたんですが、

トイレの中は、

弱い薄明りにボンヤリと照らされて、

静まり返っているだけ。

(何だろう。

今確かに何かが後ろを通ったよなぁ・・・。

気のせいかな)

と思った。

その時、

ドン・・・・ドン・・・・

突然、背後の個室のトイレで、

扉がノックされたんで、

飛び上がるほど驚いた。

(何だ?!誰かいるのか・・・?)

と一瞬思ったんですが、

直ぐに。

(いや、そんなはずはない。

こんな時間に、

人のいない廃校に来る奴はいないし、

それに自分が来て明かりをつけるまでは、

トイレは真っ暗だった・・・・。

そんな、

何も見えない個室の中に人がいる訳がない・・・・)

と否定して、

(古い木造校舎だから、

恐らく隙間風が吹き込んで、

何かが扉に当たってるんだろう・・・)

と、自分を納得させた。

とまた、

ドン・・・・・ドンドン・・・・・

個室の中から扉がノックされた。

(何だ?!やだなぁ・・・)

さすがに気味が悪い。

焦る気持ちを抑えて、

用を終えるやいなや振り向くと、

そこは、入口から数えて、

・・・ひとつ・・ふたつ・・3つ目の、

個室トイレだった。

その瞬間、

ふっと懐かしい、記憶がよみがえった。

(そうだ!これ、花子さんのトイレじゃないか・・・。

ここで、よーくみんなとふざけて遊んだっけなぁ・・・)

と、思い出していると。

・・ドン、ドン

と扉がノックされたんで、

天野さんが試しに軽く、

コンコン

と外からノックしてみたんですが、

中から応答がない。

それで、

「どなたかいますか?」

と、声を掛けて確かめたんですが、

返事は無い。

それに、ノブの下の表示が

『青』になっているという事は、

『空き』というわけだ。

(やっぱり風で、

何かが扉に当たってるんだなぁ・・・)

と、自分に言い聞かせて、

その場を離れて、

2~3歩行きかけたところで、

・・ドン・・・・・ドンドン・・・・ドン・・・・・・

また、扉がノックされた。

こうなると、

わかってはいるんだけれど、

どうにも気になってきて。

(何が扉をノックしているのか、この目で確認してやろう)

と、個室トイレの前に立って、

扉のノブを摑んで回すと、

手前に引いた。

ギィィィィ―――ッ

擦れた音を立てて、

扉がゆっくりと開いてゆくと、

扉の陰から、もれた弱い明かりが、

個室トイレの入口のあたりを、

だんだんと照らし出していった。

天野さんはそこに立ったままで、

暗い個室トイレに頭だけ突込んで、

中を覗いていたんですが、

突然、

「アアアア―――――・・・!」

凄まじいばかりの悲鳴を上げたかと思うと、

その場にドスンと尻餅をついた。

逃げようにも、腰が抜けて動けない。

全身がぶるぶると痙攣している。

何と個室トイレの闇の中で、

ズボンに皮靴を履いた男の足が2本、

ブランと目の前にぶら下がって揺れていた。

その首吊り死体が揺れるたびに、

履いている靴が、

扉をノックしていたらしい。

「・・くっ、くっ・・・・首吊りだァ!」

と叫んだつもりが、

声にならない。

天野さん、

ただもうあたふたと、うろたえながら、

それでも、やっとの事、

どうにか立ち上がると、

トイレを飛び出して、

「オーイ、大変だぁ!オーイ、森!オーイ!」

暗い廊下を、

おぼつかない足取りで、

叫びながら、教室に駆け込んで行くと、

荒い息を弾ませて、

「ハァハァハァハァ、

・・・た、大変なんだ、

・・・今、トイレで・・・、

ハァハァ・・・、

く、首吊り死体・・・、

見付けて・・・さ・・・で・・・、

アレ?!森!

いない。

あいつがいない・・」

ふっと気が付いて、

壁のスイッチを入れると、

しばらくの時間をかけて、

今にも消えそうな蛍光灯が、

ひとつ、ふたつ、3つ4つと、

わずかな時間差で、

何本かあるうちの4本がついて、

教室をボンヤリと照らした。

見ると、森さんの姿がない。

「オイ森!何所だよ?!

お前、隠れてるのか?

ふざけてないで、早く出て来いよ!

大変なんだよ!」

大声で呼んでも返事がない・・・。

(おっかしいなぁ・・・、

あいつ一人で帰っちゃったのかな?

まだ肝心な用件も何も聞いてないのに・・・)

と思いながら

(あっ、そうだ、

そんな事より、先に警察に通報しなくちゃ!)

と気が付いて、

急いで携帯電話を取り出すと、

警察へ事の次第を伝えた。

となると、

自分は発見者で通報者ですから、

警察が来るまで、

此の場を離れるわけには、

いかなくなってしまった。

外は黒一色の夜の闇。

薄暗い明かりのついた教室に、

ポツンと一人立っている。

自分の姿が、窓の硝子に映っている。

今、この古い木造校舎にいるのは、

自分と、トイレの首吊り死体だけ。

言い様のない恐怖と、

自分でも理解出来ない妙な興奮を覚えて、

ワナワナと躰の震えが止まらない。

ジンワリと額から噴き出た脂汗が、

顔面を伝って流れ落ちてゆく。

(森の奴、ひとを呼び出しておいて、

どこへいっちまったんだろう?

まいったなぁ・・・、

話し相手でもいりゃ、

少しは我慢も出来るけど・・・)

と思いながら、

(あっ、そうだ!遠藤の携帯に掛けてみよう)

と、二次会に行ってる筈の、

遠藤さんに携帯電話を掛けると、

多少、出来上がった様子で、

遠藤さんが出たんで、

「悪いなぁ、俺なんだけど・・・」

と、森さんから電話で呼び出されて、

小学校に来てる事や、

トイレで偶然に男の首吊り死体を見つけてしまって、

警察へ通報したいきさつやら、

当の森さんが、

どうした事かいなくなってしまったんで、

校舎にひとり取り残されてしまって、

警察が来るまで動きが取れないし、

森さんの携帯電話の番号がわからなくて、

連絡が取れずに困ってる、

といった事情を、

まくし立てるように話して聞かすと、

遠藤さんが、ひどく驚いた様子で、

『オイ!男の首吊り死体って本当か?!

お前、大丈夫か?

今からみんなでそっちに行こうか?』

と気遣ってくれて、

“でなぁ・・森の携帯なら番号わかるからさ、

俺からあいつに掛けてみるよ。

で、お前に連絡しようか?』

と言ってくれたんで、

「そうしてくれるか、頼むよ」

と言うと、

『わかったぁ』

と返事があって、電話が切れた。

遠藤さんとのやり取りが途切れると、

またシーンとした静けさに包まれた。

薄明りの下で、

棒のように固まったまま、突っ立って、

顎の先から、ポタ・・・ポタ・・・

と、滴り落ちた汗が、

板の床を濡らしている。

飲んだビールが汗になってしまったのか、

もうすっかり酔いは覚めてしまっていた。

そうして、

音の無い時間が過ぎてゆく・・・・と、

突然、静まり返った

その中で、電話が鳴ったんで、

ビックリした。

プルルルルルルルル・・・・・・・、

プルルルルルルルル・・・・・

(電話だ?!電話が鳴ってる、

何所で鳴ってるんだろう?)

古い木造校舎の闇の奥から聞えてくる。

プルルルルルルルル・・・

急いで廊下に出てみると、

それは、この廊下の先で鳴っているようだった。

(普段なら人のいない廃校に、

電話を掛けてくるなんて・・・・、

それも、こんな時刻に一体何の用だろう?)

電話の音を頼りに、

闇を探りながら、向かってゆくと、

次第に音が大きくなってきて、

トイレの方から聞えてくる。

プルルルルルルルル・・・・・・、

プルルルルルルルル・・・・・・

間違い無い、

電話はトイレの中で鳴り続けている。

(という事は、どういう事なんだ?

これほど鳴り続けても相手が出ないという事は、

それって、

首吊り死体の男の携帯電話が鳴っているって事か?!

う―っ!勘弁してくれよぉ・・・)

ジットリと汗ばんだ背中にシャツが貼り付いて、

ゾクゾクと躰の芯から冷えてゆく。

と、電話が鳴り止んだので、

思わず

「・・・止んだ」

と呟いた。

とたんに静寂に包まれると、

再び不安と恐怖が蘇ってきて、

暗い廊下に立ちすくんだまま、

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、・・・」

しばらく肩で息をしていた。

と、そこへ突然、

自分の携帯が鳴ったもんですから、

天野さん、息が止まる程驚いた。

電話に出ると遠藤さんからで、

『今、ずーっと呼び続けてたんだけど、

あいつ出ないんだよ』

と言ってきた。

その時、ふっと、

(待てよ、もしかしたら、

今鳴ってた電話は、

遠藤が掛けた電話だったんじゃないだろうか?)

と、唐突にそんな気がして、

「なあ、森の携帯の着信音って、どんな音だった?」

と遠藤さんに確かめると、

『ああ、ほら、普通の電話みたいな、

プルルルルルルって音だったよ』

という返事がかえってきた。

(そうだ!

鳴り続けていた音は、確かに普通の電話の音だった。

という事は、

森はトイレにいるという事になるのか?

いや、それはないだろう。

自分は森を教室に残してトイレに行ったんだから。

でもあの電話の音が、

森の携帯電話の着信音だとすると、

あいつはトイレにいた事になる。

でもトイレにいたのは・・・、

となると・・・、まさか?そんな!?)

自問自答しながら、

頭が混乱していると、

『もしもし・・・、もしもし!・・・』

と、遠藤さんの声で我に返った。

興奮と緊張で、

からからに渇いた喉の奥で、

ゴクッと息を呑み込んで、

「なあ、・・・俺、今、凄く怖いんだけどさ、

・・確かめなくちゃならないから、

お前さ、

もう一度、森の携帯に掛けてくれないか。

で、今度はさ、

着信音が、1回、2回、3回鳴ったら切ってくれよ。

で、直ぐにこっちに来てくれないか・・・」

と頼むと、

“ああ、わかった”

と、電話が切れた。

で、闇の中で息を殺して、

じっと身構えていると、

少しの間を置いて、

プルル ルル ルル ルル

(あっ、鳴った!電話が鳴った)

プルル ルル ルル ルル

(2回・・・)

プルル ルル ルル ルル

(3回・・・)

・・・・・・・・・・そして、鳴り止んだ。

(・・・3回鳴った)

ブルブル ブルブル、と、躰の震えが止まらない。

(やっぱり、そうなんだろうか・・・)

ただもう必死で、恐怖をこらえて、

トイレの入口まで行くと、

古い蛍光灯が一本、

ボンヤリと照らす中へ、入って行った。

コン、コツン、コン、コン、カツン、コン・・・

自分の靴音だけが辺りに響く。

手前から、ひとつ・・・、ふたつ・・・・、

3つ目の個室の扉が開いている。

・・コン・カツン・コン

扉のそばまで来て

(ハーッ)

と、大きくひと呼吸してから、

入口の前に立って、しばし中を見据えると、

覚悟をきめて、一歩踏み込んだ。

と、闇の中、

自分の眼前に、ズボンを穿いた男の足が、

ぶら下がっている。

「うーうーうー・・、ううーっ・・・」

小さく呻きながら、

首をすくめて、視線だけをわずかに上げると、

ベルトのバックルが目に入った。

なおも、視線を上に向けてゆくと、

白いシャツがあった。

で、思い切って、

ぐーっと見上げた。

そのとたん、

「うわァ――――!」

凄まじい悲鳴が上がった。

個室トイレの天井の闇から、

首を吊った森さんが、

自分を見下ろしていた。

「・・・・・・・・・・」

警察の検視によると、

森さんの死体は、

天野さんに見つけられた時には、

死後2日ほど経過していたという事でした。

という事は、

店に電話をかけてきて、教室で話をした森さんは、

その時、すでに、

この世の者ではなかったんですね。

終わり

プロフィール

稲川淳二

いながわ・じゅんじ|怪談家・工業デザイナー。33周年全国ツアー『MYSTERY NIGHT TOUR 2025 稲川淳二の怪談ナイト』33年連続公演 開催中!

稲川淳二の『稲川芸術祭2025』作品募集中。

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