TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】東北地方の大学生のアパート
執筆:稲川淳二
2025年8月14日
東北地方の大学に入学してた方の、お話なんです。
当時、東京の高校出まして、東北の方にある大学に入ったそうです。
初めの2年位は寮生活をしてたんですが、3年生になって物は増えてくる、自分の生活は忙しくなってくる、部屋も手狭になったってことで、自由のきくアパートにってことになったんだそうです。
学業熱心な人で、一生懸命勉強する。
でも、男のひとり暮らしなもんですから、部屋は散らかる一方なんですね。
(そうだ、ずいぶん掃除してねぇな、掃除しよ)
ってことで、チリトリとホウキ買ってきて、掃除したっていうんですよ。
掃除して、ヒョイと見たらチリトリの中にね、長ーい髪の毛らしきものがあったんですって。
(あれーっ?)
と思ってね
(あっ、そうか。前にここに住んでいた人は、女性なんだ)
と思い、まぁ気にもしなかったそうです。
しばらくして、部屋の中でゴロンと横になっていた時、ふっと見ましたら、また髪の毛が落ちていたんだそうです。
(ああ・・・)
と思い、髪の毛をつまんで、
(なんだよ、あんなに掃除したのに、どこから髪の毛が出てくるんだよ。しょうがねぇなぁ、ずいぶん掃除しねぇ女だったのかなぁ)
と思いながら、その髪の毛を捨てたそうです。
で、また、しばらくして
(掃除でもしようか)
と思いましてね、ある日、掃除していてふっと気がついたそうです。
ヘアピンが落ちてる、ヘアピンが。
髪の毛はまだわかるんですけどね、あんな細いもんですから、どこかの隙間にでも入ってしまっていればねぇ、何かの拍子に出てくることもありえるけど、ヘアピンまでは変ですよ。
(何だ、やだなあ)
と、思ったそうです。
(何で、こんなヘアピンまで落ちてんだよ)
って。
どこかに溜まっていてね、時間ごとに落ちてくるのかと思ったそうです。
自分は、女性と付き合いはないし、服に髪の毛が付くわけでもないし、もちろん部屋に誰も呼んだ覚えはないんですから。
でも、日頃忙しいので、
(おかしいなぁ)
と思っていても、ついつい忘れてしまうんですね。
ある日、大学に行ったら一緒に東京から来た友人に会ったので、
「おい、最近、顔出さねぇな」
と言いましたら、友人も、
「なんだよ、おまえだって、たまには顔出せよ」
って話になったそうです。
そうしましたら、その友人が、
「いやぁ、こないだ俺、おまえの所に行ったんだよ。そりゃあおまえ、俺なんかと遊ぶより、彼女の方がいいだろ」
って言うから、
「何が?」
って聞いたんですって。
すると友人が、
「こないだねぇ、おまえのアパートの下、通ったんだよ。おまえの部屋、角の2階だよな?」
って言うから、
「うん」
と、返事したんだそうです。
そうしたら、また友人が、
「見上げたら、おまえさぁ、女の子の姿見えたから、悪いからやめたよ。ジャマすんのよくないしな」
って言うんですって。
「そんなもん、いないよ」
って言うと、
「何言ってんだよ、俺見たんだよ、かくすなよ」
って言うんだそうです。
まるで信用しないんだそうです。
(あ・・・)
っと思って、
「いやぁ、実はさぁ」
って、思い出したようにね、
「俺の部屋に、よくなぁ、長い女の髪の毛が落ちてんだよ。こないだなんか、ヘアピンが落ちていたんだよ」
って言っても、
「何とぼけてんだ、おまえ」
と、信用してくれないんだそうです。
それで、その友人とは別れて帰ったそうです。
(おかしなこともあるもんだなぁ)
と思いましてね。でも、自分がいない時に誰かが部屋を使っているとも思えない。
しばらく経ったある日、なーんていうこともなく、ただ、ふぁーっと部屋にいて、ヒョイッと見た。
いつ付いたかわからないけど、窓に手形が付いている。
何だか気になるので、見たんだそうです。
(おかしいなぁ、こんなの前にはなかったよなぁ)
と思ってね。
自分の手と比べてみたら、全然小さい、細い。
どーやら女性の手形なんですね、それは。
2階ですしね、外歩いて行く人が付けていくわけないですから。
(何でこんなの付いたんだろうな?)
と思って、窓をガラガラと開けてね、外側から見たんだそうです。
その時、わかったそうです。
その手の跡、外からではなくて、部屋の中から付いたものだったんです。
さすがに(ゾーッ)としたそうです。
で、あわてて友人に連絡してね、
「おまえね、こんなことがあったんだよ」
って言ったそうです。
そうしたら友人が、
「おまえ、それ、もしかすると・・・尋常じゃないぞ。普通じゃないよ。しばらく待ってろ」
と言って、2日ばかりして、たくさんのお札、持って来たって言うんです。20枚近く。
「ま、気持ちの問題かもしれないけど、貼るだけ貼っとけ。玄関でもいい、押し入れでもいい。これ全部、貼っとけ」
って。
「その方が安心だから」
って言ってくれたそうです。
言われた通り、貼ったそうです。
20枚近いお札。
ベタベタと。
その方がよっぽど異様ですけどね。
部屋中、お札だらけ。
戸ですとか、要するに何かが入って来そうな場所、全部貼ってるわけです、窓ですとか。
それからというもの、お札が効いたんでしょうかね、何ということもなかったそうですよ。
そうして日が経ちましてね、ある時たまたま、いつも忙しい彼、時間があいたんだそうです。
アパートに帰って来て、まだ明るいんで、そのままゴロンと横になったと言うんです。
寝ちゃったんですね、いい気持ちで。
“カァー、スゥー”と寝てたんです。
(うーん)
と思って、ヒョイと回りを見たら、真っ暗。
いつの間にか夜になっていたんですね。
(あー、でも、もうちょっと寝ていたかったな)
って、明るいうちに寝ちゃったもんですから、もちろん電気は点けてないわけですよね。
けっこう心地いいわけです。
なんだか、ボーッとして、ウツラウツラとしていたらしいんです。
そうすると、
“ズズズッ”
と、音がしたらしいんですよ。
“ズズズズッ”
と、すぐ近くで何か音がしている。
ずるような音。
(うん?)
と思っていると、また
“ズズズズズズッ”
“ズズズズッズズズッ”
自分のいる部屋の中、誰かずっているって言うんです。
“ズズズズッズズズズ・・・“
(うわっ!)
て思ったそうです。
それが回り込んで来るらしいんです。
“ズズズズッズズズッズズズッ”
て。
そして、自分の回りをクルッと通り過ぎて行くそうです。
その瞬間、かすかにね、
「ヘェヘェーッ、フフフゥー、ハァー、ヘェヘェー」
って、苦しそうな声がしたって言うんですよ。
たぶん、頭の側を通り過ぎて行った時でしょう。
“ズズズッ、ズズズズズッ”
「ヘェー、フッフッ、ヘェー」
“ズズズッズズズズズッ・・・”
誰かいる!
誰かが自分の部屋の中を、自分の回りを回っている。
ずって回っている。
(うわっ!)
と思ったけど、どうしていいかわからなくて、暗闇の中、ただ黙っていたと言うんです。
(うわーっ、助けてくれーっ、助けてくれーっ!)
“ズズズズッズズズズッ”
そのうちにね、
“ビリッビリッ、ベリッ、ビリリッ、ビシッ”
て、何か剥がれるような、破けるような音がしてきたと言うんです。
あっちこっちから。
(うわわーっ!)
と思ったそうですよ。
しばらくして、
“ピチッピチッ、クチッ、クチッ、トーン”
っていう音と同時に、
「ハァーッ、ハァハァ、ハァーッ」
と、息づかいが段々と近づいて来て、
「ハァァァ、ハァァァ、ハァァァ」
と来たので、
(うわっ!)
と思ったら、息づかいが止まってしまった。
(スーッ)と力が抜けた。
(あああ!)
と思ってね、あわてて起き上がって、カチンと電気を点けた。
全然、変わったことがない、自分の普段の部屋。
誰もいない。
もちろん。
汗びっしょりかいている。
(へぇーっ、今のいったい何なんだ?)
って思って、見るとはなくお札の方へ目を向けたら、お札がない。
破けてる。
取られてる。
全部、破かれたり、取られたり、剥がされている。
お札、全部。
それがグシャッと丸まって、部屋の隅に転がっていたって言うんですよ。
誰かがやったんです。
(ううーっ)
と思って、怖くなって友人の所へ行ったんだそうです。
「悪いけどおまえ、しばらくここへ泊めてくれないか?俺、あの部屋にいたくない。あの部屋、解約するから、それまでいさせてくれ!」
って頼んだそうです。
すると友人が、
「何があったんだ?」
と聞くので、
「実はこういうわけで・・・」
って言うと、
「わかった」
って言ってくれたそうです。
解約しても、何日かは部屋は本人のものですよね。
荷物を置いてますから。
友人に、
「昼間、一緒に荷物取りに行ってくれないか?」
と頼んで、友人とふたりでアパートに行ったそうです。
でも、どーもやっぱり怖いんですね。
「じゃあ、昼だから昼メシ食って、元気つけて行こうか」
ってことになったそうです。
たまたま近くにラーメン屋があったので、そこに入ったんです。
入ったら、カウンターの隅の方で、マスターと常連客らしい人が大声でしゃべっているんですって。
で、テーブルについて(何を頼もうかなァ?)と思って、メニューを見ながら、聞くとはなしに聞いたと言うんですね。
カウンターの方で、
「ああ、そうらしいよ。あそこは誰も住まないよ。こないだの人も出て行ったらしいし」
って言ってるんですって。
「やっぱ、出るんだな」
「何人も見てるよ、あそこで女の姿を」
「へぇー、やっぱりな」
って。
友人が、
「すいません、それって、あのー、幽霊の話ですか?」
って聞いたそうです。
そうしたらマスターが注文を取りに来ながら、
「ええ、そこんとこ少し行くとね、白い壁のさ、2階建てのアパートがあるんだよ。屋根がチョコレート色のね」
って言うんですって。
彼、思いましたね。(そこ、自分の所)
「角の2階なんだけどね」(やっぱり自分の所)
「角の2階。なぁ、なんかあのー、あれだろ。恋人に刺されたかなんかだろ、若い女が」
と、常連客としゃべり始めたそうです。
「なんかそのー、恋のもつれかなんか知らないけど、刺されたんだろ?」
「凄かったってなァ」
「凄かったってよー、あれ。だって血だらけだったんだろ」
って言ってるんです。
マスターが、
「ありゃね、今だってね、畳をはいだら、床板、血で染まってますよ」
って。
それを聞いてふたりとも、ガタガタ震えたってことです。
その部屋に住んでるんですよ、女性が。
今でもきっとね。
終わり
プロフィール
稲川淳二
いながわ・じゅんじ|怪談家・工業デザイナー。33周年全国ツアー『MYSTERY NIGHT TOUR 2025 稲川淳二の怪談ナイト』33年連続公演 開催中!
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