TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】ちいさい夏

執筆:内海慶一

2025年5月1日

もうすぐ立夏だ。かつてSNSで「ちいさい夏」という投稿を募ったことがある。暮らしの中で「ああ、夏が来たなあ」と感じる瞬間を訊ねたものだ。たくさんの方が回答を寄せてくれたのだが、これがたいへん面白かった。私は「自分の知らない季節感」があることを何度も思い知らされた。

その町に住む人だけが感じる夏、その仕事をしている人だけが感じる夏、その趣味を持っている人だけが感じる夏を知った。究極的には、その人だけが感じている夏があるはずだ。

もちろん、多くの人が感じる「あるある」もあり、それはそれで面白い。「ちゃんと意識したことなかったけど、言われてみればその感覚を知っている」と思わせられる投稿を見たときは、やはりうれしくなる。

知っている夏と知らない夏が混ざり合う「ちいさい夏」のアーカイブを、私は毎年読み返している。ここには、季節感をフィクショナルに集約しようとする歳時記・季語とは似て非なる味わいがある。

ポプラの綿毛が舞い飛んでいるのを見たら夏を感じるという、札幌市在住の方。

公民館や神社から「ぶお~ ふお~」というほら貝の練習の音が聞こえてきたら夏を感じるという、福島県相馬市在住の方。伝統行事「相馬野馬追」の準備だろう。

地下鉄にお相撲さんが乗ってきたときに夏を感じるという、名古屋市在住の方。

港にたくさんの漁船が停泊しているのを見ると夏を感じるという、兵庫県の日本海沿いに住む方。これは底びき網漁の休漁期(6〜8月)の様子だ。

関西地方では、わらび餅の移動販売車がやって来たら夏。

あなたの住む町には、どんな「ちいさい夏」があるだろう。私の住む岡山市には旭川(あさひがわ)という一級河川が流れており、田植えシーズンが来ると可動堰のゲートが降ろされる。水位を上げて水田へ農業用水を導くためだ。私は毎年、可動堰のゲートが降りているのを見ると夏を感じる。

自分の知らない夏が遠い町だけにあるとは限らない。知り合いのカレー屋さんから「カレーのレシピ本が書店に増え始めると夏を感じる」と聞くまで、私はそんな現象にまったく気づいていなかった。

カッパのキャラクター全般が大好きで、カッパ愛にあふれる知人がいる。その人によると、夏になるとカッパのイラストを見かける頻度が増えるのだそうだ。そんなことに気づいている人が、いったい何人いるだろう。

弦楽器をやっている人は、湿気った音に夏を感じる。金属アレルギーのある人は、症状の再発で夏を感じる。猫の飼い主は、猫が床で長くなっているのを見て夏を感じる。

ジェンダーと性表現にも季節感は反映される。「毎朝ストッキングを穿くときにイラっとする」「ペディキュアをするようになる」「通勤でメイクがほぼ崩れる」といった投稿は、そうした習慣のない私にとってはハッとさせられるものだった。すぐそばに、自分の知らない季節を感じている人がいる。私はそのことを繰り返し思い出したい。

プロフィール

内海慶一

うつみ・けいいち|1972年生まれ。ライター、都市鑑賞者。ピクトさん、装飾テント、型板ガラス、シュロ、台、水路、ペットボトルのある風景など、身のまわりにある様々なモノ・風景を鑑賞し、写真や文章を発表している。活動テーマは「見たことあるのに見えてなかった」。

ブログ「ぬかよろこび通信L」
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【#4】ちいさい夏

型板ガラスの世界

細やかな模様が魅力の、昭和時代を象徴する「型板ガラス」。見るだけで懐かしい気持ちになる人もいれば、一方で新鮮な気持ちになる若い人もいるかもしれないが、最近めっきり見かける回数が減っている。本誌には、内海さんが10年かけて撮り溜めた象徴的な型板ガラスの模様60種がまとめられている。消えゆく時代の景色を残すべく、今この冊子を手に取りたい。

A4サイズ・6ページ(片観音)¥800

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picto@mx35.tiki.ne.jp (内海慶一)

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