TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#2】図書館のこと②
執筆:箕輪はるか(ハリセンボン)
2025年3月21日
図書館にはでかい本がある。
大学生のとき、ふと目に留まった『大言海』*という国語辞典はパグほどの重量があった。
そっと抱き上げ、机に寝かせて開いてみると、見慣れぬ文字が広がった。
さうじ。がふかく。くワせい。そらもやう。
本を閉じそうになった。
とはいえ、言葉の海というタイトルに無性に揺さぶられる。
どうにか食い下がると巻末に辞典には珍しく著者のあとがきが記されていた。著者の大槻文彦さんが『大言海』の前身、『言海』に取り組んでいた時期に書かれたものらしい。辞典作りの大変さが切々と綴られている。
明治8年、文部省の命により数人で編纂を始めたが、あ、い、う、え、が出来たところで仲間がいなくなり一人になった、文彦。
飲み会でふと耳にした言葉に膝を打ち、手帳にメモを取るのを人から怪しまれた、文彦。
電車で方言を話す人に出くわすと話しかけ、質問ぜめにして嫌がられた文彦。
ロンドンに転勤した友人から遊びに来いと誘われたが、辞典のことを気にかけて迷っているうちに、外貨が高くなって所持金が目減りし友人もすでに帰国していた文彦。
11年かけて完成したものの出版する予算が下りず、私財をかき集めて自費で出版することになった文彦。
印刷所の都合で発売日が遅れ、予約していた人から大槻をもじっておおうそつき先生となじられた文彦。
末尾にすべて文彦とつけたくなる切ないエピソードの数々に本を濡らしそうになった。
辞典の堅苦しさに隠れた著者の人間らしい嘆きや苦労話にひかれ、私が図書館に行く理由のひとつになった。
語義の見どころを少し。しごと(仕事)を見てみると、
しごと(仕事)
(一)為(す)ること。為すべき業(わざ)。事業 作業 操作
(二)はりしごとノ略。「しごとノ上手な婦人」
現在の感覚からすると拍子抜けするほどあっさりしている。お金を稼ぐために行うこととか、職業、といった意味はない。これ以降に人々の生活が変化し、新たな意味が加わったのではないかと想像する。
ライスカレエ
又、かれえらいす。西洋料理の一種。牛肉ヲ大切ノママ、鍋ニテ水カラ煮、コレニ人参ト馬鈴薯トヲ細カニ切リテ加へ、気長ニ弱火にて煮込ミ……(中略)炊キタテノ飯を皿ニ盛リテ、其レヲカク。
語義というかほぼレシピ。15行に渡ってカレーの口にさせられてしまう。この時代はまだカレーが珍しかったのだろう。
こんなふうに時代を飛び越える本が図書館にはある。言葉の海とは図書館そのものではないだろうか。
*『新訂 大言海』
大槻文彦 著
冨山房
プロフィール
箕輪はるか
みのわ・はるか|1980年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒。NSC東京校出身で2003年に相方「近藤春菜」とハリセンボンを結成。
コンビではTBS「モニタリング」、TX「にちようチャップリン」をはじめ、多数のテレビ番組に出演中。
ピンでも幅広い分野で活動している。
ニッポン放送「ナイツ ザ・ラジオショー」では木曜パートナーを務める。光文社「女性自身」では、毎月書評を連載中。
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