カルチャー

空間そのものを象った彫刻家のアトリエ兼住居『朝倉彫塑館』。

東京博物館散策 Vol.1

photo: Koh Akazawa
text: Fuya Uto
edit: Toromatsu

2024年12月8日


公立ミュージアムに、私設ミュージアム、記念館に資料館、収蔵品を持つギャラリーなどを巡ってゆくこの企画。様々な文化が掘り起こされる今だけど、歩いて得た情報に勝るものはない。だからこそこの記事を読んだ人もぜひあなたの「東京博物館散策」へ。

 東京駅や上野駅などの駅前に、東京国際フォーラムや目黒区民センターといった公共施設でも何かとよく見かける「偉人の銅像」。それらは待ち合わせ時間なんかにその街の歴史に興味を抱かせる貴重なモニュメントである。ただ、銅像の人物に興味を抱くことはあっても、それを作った作家が気になるなんて人は少ないかもしれない。日暮里に、東京23区内で佇立するこのような銅像を数多く手がけた“偉人”が暮らした場所があることを知った。

 日暮里駅から千駄木駅方面へ、谷中霊園をぐるりと囲む住宅街の中でひときわ巨大な建物がその『朝倉彫塑館』だ。ここは彫刻家として日本初の文化勲章を受章し、明治から昭和にかけて日本近代塑造の礎を築いた朝倉文夫氏のアトリエ兼住居。

 東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)で彫刻を学んだ朝倉氏は、24歳でこの地へ居を移した。はじめは100坪ほどの借地に住居とアトリエを建設。土地を買い足しながら増改築を繰り返し、1935年に現在の建物が完成。没後、遺族により一般公開され、1986年以降は台東区が運営している。

「彫塑」とは、彫り込んでいく彫刻と、粘土や蝋のような柔らかい素材を形作る塑造を合わせた技法のことを指す。今は広く彫刻と呼ぶことが一般的だが、朝倉氏はその言葉にこだわりをもって制作してきた。アトリエには、代表作である「墓守」をはじめ、高さ3.78mの「小村寿太郎像」、愛してやまなかった猫や犬の作品など、しなやかで、今にも動き出しそうな彫刻品がズラリと展示。自然主義的な写実描写に徹する作風、そしてその作品の何と美しいことか。

天井高8.5mの館内。「小村寿太郎像」のような大作を制作するときは、通常だと足場を作って作業を行うが、朝倉氏は電動昇降台を取り入れた。それは世界でも非常に珍しい例だった。現在は地下に収納されていて見ることはできないが、年明けの展示でお披露目する予定なんだとか。

一時は19匹もの猫を飼っていたくらい愛猫家で、その猫をモデルにしながら猫の彫刻を長年に渡って制作してきた。この生き生きとした姿こそ、対象のあるがままの姿を写しとる「自然主義的写実」の真骨頂。

1910年に発表した代表作のひとつ「墓守」。モデルは近くの天王寺墓地で墓守をしていた老人。朝倉氏の弟子たちがさす将棋を楽しそうに眺めている立ち姿を捉えた。

「『1日粘土を握らざれば1日の退歩』とよく言っていたそうです」と学芸員の戸張泰子さんが教えてくれた。「とにかく手を動かし続けた方で、学生時代だけでもその数は1200とも。そして、それらを作るうえで大事にしていたものが自然の美。例えば熟考して作った中庭の『五典の池』は朝倉哲学そのものです。先生は、日々さまざまな表情を見せる水をこよなく愛し、精神を浄化させていたと聞きます」。

面積のほとんどが水で満たされている中庭。鎮座する5つの巨石にも意味があり、それぞれが儒教の教え「五常」の仁・義・礼・智・信を造形化したもの。ずっと眺めていたい。

朝倉氏にとって「五典の池」は、悩みや葛藤を打ち消す「自己反省の場」であった。

 朝倉氏はそんな「自然観照の目を育む」哲学を後世にも熱心に伝えてきた教育者でもあった。経済的に恵まれない若い芸術家が無償で学べる『朝倉彫塑塾』を自宅で運営。土や植物を通して感覚を研ぎ澄ませようと屋上菜園をつくり、必修科目として園芸実習を行なってきたのである。

屋上緑化の先駆けでもある庭園。現在は子どもたちが土に親しむ機会を作るべく、水やりと収穫を体験できるキッズサポーターで活用中。

かつての朝倉彫塑塾の様子。「植物は土によって命を育む、彫刻もまた土によって命が吹き込まれる」という考えが根底にあったそう。ちなみに『東洋蘭の作り方』という入門書を書くほど東洋欄の栽培にものめりこんでいた。

 知れば知るほど、敷地内の空間そのものが朝倉氏の美意識を投影した最大の作品なのだと感じ取れる。勤務歴16年目の戸張さんでさえ「どこを切り取っても美しく、目線を変えると何度でも新たな発見がある」というが、それももはやこの建物自体が朝倉氏と言ってもいいからなのかもしれない。

インフォメーション

空間そのものを象った彫刻家のアトリエ兼住居『朝倉彫塑館』。

朝倉彫塑館

◯東京都台東区谷中7丁目18−10 ☎︎03・3821・4549 9:30〜16:30 月・木休

日本近代彫刻を牽引した巨匠の息吹きが感じられるミュージアム。自ら設計を行った3階建ての館自体もモダンで見応え抜群。取材時は朝倉文夫没後60年特別展「ワンダフル猫ライフ 朝倉文夫と猫、ときどき犬」が開催中だった。会期は12月24日まで。山手線沿いとは思えないほど静寂に包まれているここで、彫刻家の美意識を感じながらじっくり作品と向き合ってみては。

Official Website
https://www.taitogeibun.net/asakura/