カルチャー
糸井重里さんに聞いた、漫画『生きのびるための事務』の話。- 読書感想編 –
読者がタッチできる、自分と近い本。
2024年10月11日
photo: Hiroshi Nakamura
text: Neo Iida
坂口恭平さん原作の『生きのびるための事務』を読んで感銘を受け、「ほぼ日刊イトイ新聞」で対談を敢行した糸井重里さん。本書を連載していたPOPEYEも、糸井さんにこの本の感想を色々聞きたいと思い、ほぼ日オフィスにお邪魔した。こちらは本書を読む前に坂口さんに感じていた思いや、読後に感じた率直な感想を聞いた「読書感想編」。「糸井さんの中にもジムのような存在はいるのか」という疑問をぶつけた「ジムを考える編」とあわせてどうぞ。
――坂口さんには今回、ほぼ日の取材で初めて会われたそうですね。
はい。彼が『TOKYO0円ハウス0円生活』を書いた頃から見ていて、これまでの活動はひと通り知っているつもりです。明らかにすごい人だし、周りを巻き込む渦の力が強いから、巻き込まれたらどうしようと思ってあえて遠ざけてたんです。少なくともなあなあに友達になれる人じゃないと思ったから、会うための心の準備がないといけないのかなって思ってました。画集は買ったけど展覧会に行くのはやめたりして。そう、坂口さんの絵もすごく素敵なので見てみてほしいなあ。
――スマホを見ながら描いているらしいですね。
光の強弱や色が見えてるんじゃないかと思う。多分“坂口フィルター”があるんだけど、でも問題はレンズじゃなくて脳の側なんだよね。その脳がとても興味深いんですよ。本当に写真に似てるもんね。
ーーXのタイムラインに出てくるあのサイズもまたちょうどいいんですよね。
あれは絵じゃないって言いたい人もいるでしょうね。あれはああいう技術なんだよっていうふうにね。でも浮世絵だってみんな技術だし、創作はみんな技術ですからね。
ーーでは糸井さんは、わりと坂口さんの作品はご覧になっていたんですね。
そうです。でも、僕にとっては手強い人物だったんですよ。
ーー近寄りがたさみたいなものを感じていたと。
そうですね。でも特に最近、僕のなかで死ぬ前に会わないままの人がいるのが嫌だなっていう気持ちがあって、特に経営者みたいな興味深い活動をしてきた人には会おうって決めてるんですよ。その流れの中でこの本を読んだんです。夜中の3時頃に読み始めたら止められなくなって、自分をなだめるように半分ぐらい読んだところで本を置いて、こんなに楽しみになる一冊があったんだと。これを書いた坂口さんにどこかで会えないかなと思って、興奮してXにポストしたら、鉄尾さん(マガジンハウス社長)から「会いますか?」って連絡が来たんですよ。
ーーようやく繋がったわけですね。
この本はマガジンハウスが出版した本だから、繋がることができたんだと思います。なんていうんだろう、マガジンハウスには、平凡出版の時代から作ってきたシャッフルのロジックがあるわけですよね。僕らが『平凡パンチ』で横尾忠則さんや唐十郎さんを知ったように、坂口恭平を連載陣に入れることができるメディアなんですよ。クリームサンドのクリームの部分がピタッと来た感じ。
ーーマガジンハウスらしい本だと思っていただけたと。ありがとうございます。
この前哨戦として、『君たちはどう生きるか』のマンガ化もありましたもんね。道草(晴子)さんにマンガを描いてもらうというのも、考えたなあと思いました。無表情なジムの感じがよく出ていて。
ーー初めて『生きのびるための事務』をご覧になったとき、どう思われたのでしょうか。
面白かったですよ。でも、今でも“事務”って言葉で合ってるのかなって怪しいところもあって。みんながこの本を読んで“事務”というキーワードでいろんなことを考えていくんでしょうけど、果たして“事務”で合ってるのかなあって。でもこれが坂口さんの言葉ですもんね。それに、事務の仕事の人たちは嬉しいと思いますね。クリエイティブな仕事をする人のなかには、事務の方々を自分たちとは縁遠い向こう側の人だと考える人もいますから。そういう意味では事務という職業にも力を与えたんじゃないかなと思います。
ーーSNSなどを見ていると、なかにはそういう反応もあるようです。
途中からアドベンチャー小説みたいになっていくのもいいですよね。
ーーこの本はPOPEYE Webでの連載をまとめたものなんですが、坂口さんと書籍化のやり取りをしているときに、ひょっとしたら坂口さんの代表作というか、この1冊によって何かが大きく広がる可能性のある本かなと感じたんです。何かもっと先の人に読んでもらえる形になった本なんじゃないかなと。
本当にそうだと思います。この本が面白いのって、書いてあることに読者がタッチできるんですよね。「こうやってごらん」っていうところから始まっていて、自分と本の内容が近い。
ーーなるほど。自分ごとにできるんですね。
あと、坂口さんが辿ってきた道筋を、これみよがしじゃなくまんま書いてますよね。わからなかったとか、こう気づいたとか、誰でも感じることが書いてある。だから、今までの坂口さんの本以上に親しみやすさがあるんじゃないですかね。
ーー確かに、わからない立場から、ジムと一緒に成長していくワクワク感がありますね。この本をどういう人が欲してると思いますか?
ある意味ではこの本って、口だけ動かしている人に対する批判の本なんです。ですから、口だけ動かしてる人が読むのが一番いいと思います(笑)。あと逆に言えば、学生もそうですよね。経験があんまりないぶん、僕が目指してるものはこうだとか、この先の未来はどうなるとか、口で動いちゃう。そういう若い人にも読んでほしいなあ。
ーー糸井さんがこの本を読んだ感想をXにポストされたとき、「画集のときも『天才なのか!』と思いましたが、この本も衝撃でした。しかも平熱。」と書かれていたのが気になりました。「平熱」という考え方が興味深いです。
平熱っていうのは、生きることそのものですからね。熱が高くても低くても生きるのには差し支えるわけだから。僕は26年の平熱の蓄積はすごくあると思う。
ーーそうか平熱で行こう、と感銘を受けました。
熱くなれよ!(笑)。熱くなるのも大事ですからね。でも平熱の時間が多くないと倒れちゃう。ほどほどにね。
プロフィール
糸井重里 コピーライター、ほぼ日代表
いとい・しげさと|1948年、群馬県生まれ。広告、作詞、文筆、ゲーム制作など、様々なジャンルで活躍する。1998年に開設した「ほぼ日刊イトイ新聞」では、「ほぼ日手帳」をはじめ「ほぼ日のアースボール」「ほぼ日の學校」などさまざまなコンテンツを手がける。
インフォメーション
生きのびるための事務
芸術家でも誰でも、事務作業を疎かにしては何も成し遂げられない。夢を現実にする唯一の具体的方法、それが”事務”。作家、建築家、画家、音楽家、「いのっちの電話」相談員として活動する坂口恭平が、大学生の頃に出会った優秀な事務員・ジムとの対話から学んだ様々な物事を実践したnoteのテキストを漫画家・道草晴子がコミカライズ。5月16日発売。1,760円(小社刊)
Offcial Website
https://shuro.world/manga/jim/
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