カルチャー
糸井重里さんに聞いた、漫画『生きのびるための事務』の話。- ジムを考える編 –
「ほぼ日刊イトイ新聞」が事務? 糸井さんと坂口恭平さんとの共通点とは。
2024年10月11日
photo: Hiroshi Nakamura
text: Neo Iida
『生きのびるための事務(坂口恭平=原作・道草晴子=漫画)』(マガジンハウス)を読んで興奮している。すばらしい。人生の奥義だ。青春の戦略だ。幸福の技術だ。その興奮のまま明日の「ほぼ日」の原稿を書いた。(2024年5月29日糸井さんがXに投稿した言葉より)
ほぼ日代表・糸井重里さんのXのポストをきっかけに『生きのびるための事務』の原作者・坂口恭平さんとの対談が「ほぼ日」で決まった。本書は、夢を叶えたいけれどお金もないしやり方もわからない、そんな21歳の坂口さんのもとに、優秀な事務員“ジム”という不思議な存在が現れるところから始まる。彼のアドバイスに沿って動き出した若き日の坂口さんを通して、事務作業の大切さを知ることができる物語だ。
2時間半にわたって盛り上がった対談後にPOPEYEはインタビューを決行。広告、作詞、文筆、ゲーム制作……様々なジャンルで活躍している糸井さんの中にも、“ジム”の存在はいるのだろうか。
ーー糸井さんは、事務は好きですか?
僕はできないほうだと思います。でも事務が得意な人に、「こうしたらどうかな」と伝えることは好きです。例えば今日も、家で紙コップに氷とカルピスウォーターをいれて、飲みながら車で会社に来たんです。夏だし氷があると涼しくていいな、そういえば会社に製氷機がないなと思って、経営のミーティングで「福利厚生で買おうよ!」って言ったんですよ。そうしたら「2階にありますよ」って。僕が知らなかっただけで、なんだあったのかあと(笑)。でもこの、製氷機を置きたいっていう思考は事務なんですよ。涼しいから飲みたい、じゃなくて、みんなの喜ぶ顔が見たい、に繋がる事務。僕は社長だから、事務というより経営に近い頭が働いているとは思うんですけどね。自分で考えたことが混じってないと、こういう面白い事務はできないなと感じます。
ーー坂口さんの本に出てくる”ジム“のような存在は、糸井さんの中にいらっしゃいますか。
いますね。僕の中のジムはクールじゃなくて、面白いことをやろうとすると「面白いぞ!」って言ってくれる人です。だから今日の取材も、事務のツールとして、本当はほぼ日手帳を紹介するとちょうどいいんですけど、それは普通過ぎるし面白くないじゃないですか。だから、ほぼ日のロゴかなと思ったんです。ほぼ日っていうロゴは、僕を個人じゃなくてほぼ日として動かしてくれるための事務なんですよ。「俺っていいでしょ」なんて自分から言えないけど、「ほぼ日っていいでしょ」ならいくらでも言える。「ほぼ日を作ったのが僕の最大の事務なんです」なら納得いくかなあって。
ーー確かに、めちゃくちゃ腑に落ちますね。実作業的な部分でいうと、ほぼ日の「今日のダーリン」を休まずに26年書き続けているじゃないですか。その点での事務は何かありましたか?
やめるかもしれないから「ほぼ」って付けて、そのおかげで続けられたところはありますね。「ほぼ」とは言え、決めたからやったんだよっていう。これも事務ですね。先輩とかコーチに「絶対やれ」って言われたらサボりたくなるけど、「やりたくなければやらなくていいぞ」って言われたら、逆にやりたくなるじゃないですか。それを自分に課したところはありますね。あと、続けていると、やめるのが大げさになるんです。今日は書けないって一旦止めると、隙間に1本筋が入っちゃうから、そこで区切りがついて作品になっちゃうんですよ。僕はそんな作品を作るつもりはないんで、それなら「書けません」と書けばいい。そうやって26年、何とかなってきた。ジタバタとやるのも案外面白いんですよね。
ーー坂口さんも糸井さんの書くものを読んでると仰ってましたね。
よく言われるんですよ、毎日見てますよとか。でも恥ずかしいです。自分でも、これ前後が全然繋がらないなあって思いながら、平気で公開してますから。
ーー坂口さんと共通してますね。下手でも出せばいい、それが継続のコツだ、みたいな。
わかります。だから駄作がいっぱいあるのが名人なんですよね。それを、今俳句で覚えてるんですよ。やってるんじゃなくて、俳句論を読んでるの。それがもうめちゃくちゃ面白くてね。例えば、高浜虚子ってたくさん俳句を詠むんですけど、それが大して良くなくて。でもどんどん作るの。その中に、やがて名作と言われるものが混じってくる。駄目なのを恥ずかしげもなく発表しちゃうって、なんかかっこいいんですよね。
ーー本を読んで共感したところも多かったのではないでしょうか。
自信を持ちましたよね。あのように思い切ったことをしてる人が、自分自身に支えられたんだっていうことに、ますます親近感を持ちました。思い切ったことをやるときって、僕はすぐ最悪どうなるかを考えるんです。それもひとつの事務で、「最悪いくらぐらい損します」とわかると、「あっそれでできるんだ」と思って思い切ってやれちゃうんですよね。そういうようなこともいっぱい書いてあって。特に、彼は『0円ハウス』からずっと“タダ”の話をしてきた人だけれど、僕もタダっていうのは面白くて大好きなんですよ。でも、「ちゃんと仕事したんだからそのぶんの対価は支払われるべき」とか、「フリーの立場で仕事をしたら変なプロダクションに買い叩かれた」とか、わりと早い段階でお金の話をしている人たちがいるなあって思うんですよ。大事なことだけど、そう言ってしまうことで大損害してるんじゃないかなと僕は思いますね。そんなのいいよ、友達同士でやるときはみんなタダじゃないって。
ーー対価を得るのは大事なことですけど、お金以外に大事なこともあるという。
そう主張することが自分たちの領域やクリエイティブを守ることだと思ってるかもしれないけど、それは短いよすがを確かめることにしか過ぎないんじゃないかなって。
ーーPOPEYE Web読者に向けて、おすすめの事務を教えてください。
そうですね、「毎日やれることは何だろう」って1回考えてみたらどうかなあ。毎日やれてるということは、才能あるぞってことでしょう。歯だけ毎日磨いてるならそれでいい。歯が磨けるなら靴を揃えることもできるだろうしね。毎日できるっていうのは、つまり体が習慣化してるってことで、習慣を持ってるといずれ高い技術に達するんだよね。うちの犬も、僕が出勤しようとすると様子を伺っていて、僕がいなくなると寝室に行くんです。わざと戻ると、慌てて走ってきたりして。意味は全然ないけど、出掛けにそれをやるのがお互い習慣になってる(笑)。始まりはそういうのでもいいと思います。僕としたら、習慣の中にほぼ日手帳が加わったりしたら最高ですね。毎日書くっていいんですよ。食べたものを書くだけでもいいし。だけど僕が言うと宣伝になっちゃうからなあ。
ーー(笑)。ほぼ日手帳は、何か書きたくなる手帳ですよね。でも、続けて書くって難しい気もします。
続いていない人は、感情を書くのが苦手なんですよ。感情を書くことへの思いが強すぎるんです。でも脳みそを使うには、感情ごと書かないと駄目なんですよね。あの人に注意された、ちょっと腹が立ったとか、腹立つ系も入れた方がいい(笑)。そうすると思考に反映されます。これを教えてくれたのは一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生です。野中先生は、ほぼ日手帳を使い始めてから、「そのとき何を感じたか」という主観を書くようになったと仰ってくださって。結果的にそれが自分のマインドを増やすことに繋がるんだそうです。
ーー興味深いです。手帳がジムみたいな存在になったらいいですね。
そうなったら嬉しいです。さっき、おすすめのジムは? って聞かれたとき、一瞬トレーニングのほうかと思っちゃった(笑)。スクワットかなあとか。それも多分、やったほうがいいですよ。
プロフィール
糸井重里 コピーライター、ほぼ日代表
いとい・しげさと|1948年、群馬県生まれ。広告、作詞、文筆、ゲーム制作など、様々なジャンルで活躍する。1998年に開設した「ほぼ日刊イトイ新聞」では、「ほぼ日刊イトイ新聞」では、「ほぼ日手帳」をはじめ「ほぼ日のアースボール」「ほぼ日の學校」などさまざまなコンテンツを手がける。
インフォメーション
生きのびるための事務
芸術家でも誰でも、事務作業を疎かにしては何も成し遂げられない。夢を現実にする唯一の具体的方法、それが”事務”。作家、建築家、画家、音楽家、「いのっちの電話」相談員として活動する坂口恭平が、大学生の頃に出会った優秀な事務員・ジムとの対話から学んだ様々な物事を実践したnoteのテキストを漫画家・道草晴子がコミカライズ。5月16日発売。1,760円(小社刊)
Officail Website
https://shuro.world/manga/jim/
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