TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】私の楽園②

執筆:伊武雅刀

2024年6月17日

伊武雅刀


photo: Tatsuro Sekiguchi(portrait)
photo & text: Masatoh Ibu
edit: Yukako Kazuno

 毎年、西表島に行くと必ず訪れる場所がある。紅露工房という、手織り手紡ぎの布を織っている石垣昭子さんの工房。1枚の布を植物を育て、その植物の繊維から糸を作り、その糸や織った布を色によって天然の草木や花などで染めて、織り機で布に仕立て、吃水で洗い晒し、デザインして縫い着物に仕立てる。この気の遠くなるような作業を1人で行う。

 昭子さんの作った着物に初めて袖を通した時の感覚は、生涯の内でこんなにも気持ちいい衣があったのかという驚きと、その軽さと心地よい着心地に思わず唸ってしまった。天女の羽衣に出会ってしまった。いや、けしてオーバーな表現でなく。毎年、夏のリゾート地でそれを着て過ごすのが定番になっている。着ると身が引き締まるのである。そして何より気持ちがいいのである。

 西表島に渡るとまず初めに紅露工房を訪れる。工房の中庭で昭子さんが入れてくれる月桃茶を頂き、年に一度の再会を喜ぶ。ご主人の金星さんが我々のために植えてくれたコーヒーの木の伸び具合を見にいく。工房の中庭は癒やしの地で気持ち良い気が充満していて心が落ち着く場である。この場所も我が常宿から望む景観に勝るとも劣らない場所だ。

 石垣ご夫妻とは滞在中一緒に会食する店がある。大原エリアにある素晴らしい料理を食べさせてくれる「波照間」という料理店。片道1時間程離れた場所にあるために、運転手が必要となり、大抵昭子さんの工房に研修に来ている女性に運転をお願いする事になる。行き交う車の少ない道で飲酒運転でも大丈夫だろうが西表ヤマネコを引いてしまったりしたら大事になるし。村の重鎮である金星さんに汚名を着せる訳にはいかない。しかし、残念な事に2年前に、その金星さんが他界した。日本愛煙家協会副会長としては、会長の死は残念無念である。夕暮れに輝く一番星を見上げて偲んでいます。明け方まで輝き続ける金星を。工房を訪れると真っ先に出迎えてくれた琉球犬も金星さんの後を追うように、去年死んだと聞いた。

 昭子さんは、今年の展示会に向けて元気に糸を紡いでいる。バブルの頃に小金持ちのやまとんちゅうの建てた別荘が海を望む丘の上に見捨てられて荒れ果てた姿を晒している。西表に別荘を建てたいなどと邪な事を考えた時期もあったが風化して巨大な粗大ゴミになっている無残な家屋を見てそんな考えは捨てた。故郷は遠くにありて思う物である。元気な内は、この遠い楽園に毎年訪れるだろう。西表島は私にとって、第二の故郷なのである。

2003年にアメリカで誕生したアウトドアフットウェアブランドの〈KEEN〉による「Us 4 IRIOMOTE」は、西表島の自然と文化を継承していくためのプロジェクト。その一環として3年に渡り撮影されたドキュメンタリー映画『生生流転』は、島の豊かな自然と、郷土歴史家の石垣金星さん、染織家の石垣昭子さんの暮らしを追う。YouTubeにて無料配信中。

プロフィール

伊武雅刀

いぶ・まさとう | 俳優。1949年東京生まれ。ラジオを舞台にユニット「スネークマンショー」にて活躍し、放送・音楽界に大きな影響を与える。アニメ『宇宙戦艦ヤマト』にてデスラー総統の声優を担当。映画『太陽の帝国』テレビドラマ『白い巨塔』など出演作多数。待機作に、2024年7月よりSF漫画を実写ドラマ化した『七夕の国』(ディズニープラス)、2025年1月スタート「雲霧仁左衛門ファイナル」(NHKBS)がある。

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