CULTURE

タイ語はお金/仕事になるのか問題

文・福冨渉(全4回)

2022.11.21(Mon)

photo & text: Sho Fukutomi
edit: Yu Kokubu

 前回ちょっと重い話だったので、今回はもう少し世間話めいたものを。

 先日、国際芸術祭「あいち2022」で公開された、タイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクンのVR作品『太陽との対話』の字幕を翻訳した。

 ぼくは2005年に大学に入学して、タイ語の勉強を始めた。今年で18年目になる。

 大学生のときに、タイ文学やタイのカルチャーに興味を持つきっかけになったアーティストが3人いて、ひとりが小説家のプラープダー・ユン、漫画家のウィスット・ポンニミット(通称タムくん)、そしてアピチャッポン。この3人の作品が同じようなタイミングで日本に紹介されていたのは、ラッキーとしか言いようがない。

 こんなことを書くのも恥ずかしいが、当時の密かな野望として、この3人に関係する仕事をしてみたい、というのがあった。

 これは意外と、大学入学から10年くらいまでで、それぞれなんらかの形で達成されてしまう。そのあともいろんなところで一緒に仕事をさせてもらっている。機会を与えていただいたみなさんには(もちろんアーティストたち本人にも)感謝しかない。タイムマシンでも乗って、大二病に罹患してクサクサしている20代初頭のぼくに教えてやりたいくらいだ。

2022年3月、アピチャッポン・ウィーラセタクンの通訳に 撮影:トモ・スズキ

 しかし、夢や野望を叶えたからといってゲームクリアというわけにはいかない。それでも生活は続く。

 住民税の通知は届くし、ガソリン代は上がるし、毎月大量のおむつとミルクとおしりふきを買うし、上が小学校入るときには引っ越さなきゃなあ、だったり、本を買ったり、いずれはタイに行ったりもする。

 大学院の途中、20代後半からフリーランスだったあと、31歳のときに任期つきの大学教員になって、そのあと会社員になって、そのあとまたフリーランスになった。翻訳をしたり、通訳をしたり、原稿を書いたり、講演とかトークをしたり、タイ語まわりのいろんな仕事をしたり、ZINEを作って売ったり、タイの作家を交えていろいろ企画してみたり、非常勤講師をしたりしている。

最近作ったタイ文学ZINE(宣伝)

 いまやアラフォーと呼ばれる年齢になって、かつての自分のような大学生(や、ときに一般向けに)タイ語やらタイのことやらを教えている。そうするとどうしても、自分の好きなタイのカルチャーに興味を持ってほしいなと思ったり、なんとなく自分のようなことを将来やってくれるひとがいたらいいなと思ってしまったりする(もちろんそんなこと、学生さんには言いもしないけれど。みなさんの人生はみなさんのものである)。

 タイ語の学習環境も、タイのいろいろなものに触れる機会も、ぼくが若いころとは比較にならないくらいに増えている。だけどたぶんそのうえで「タイ語はお金になる」というビジョンまで示せないと、それをわざわざ仕事にまでしようとはならないよなと思う。

 もちろん、ぼくの卒業した東京外国語大学なんかは顕著だろうけど、たとえば英語の比較的得意な大学生がいて、そこにタイ語という「付加価値」がついて、新卒採用の就職活動で重宝されるなんてことはいまでも(たぶん)ある。でもぼくに、そんなキャリアパスは示せない。

 できるのはせいぜい、タイ語をちゃんと勉強して、自分の興味と近いところで専門的な知識も深めて、人間関係をたくさん作ると、楽しいし、ちゃんと仕事にもなるよ、と伝えることくらいだ。

大学の海外研修でタイに引率した、鹿児島の学生さんたちと

 残念ながら「儲かってる」という感じでもないけど。パートナーの収入もありきで、小さい子どもふたりがいて、一応いまは生きています、くらい。大学の同期で新卒で就活して企業に就職したひとたちと比べたら、たぶん若干儲かってないだろう(ボーナスももらえないし)。不安定といえば不安定で、今後のことはわからないけど、それはみんなおんなじだ。それくらいが現実的な線で、お金になってるとも言えるし、なってないとも言える。

 ただ、知識でも教養でも文化でも、だれかの人生で生まれたものを、別のだれかが読み解いて、整理して、それをさらに別のだれかに継承していかないと残っていかない。そういうプロセスってとても魅力的だし、楽しい。ぼくの本質的なモチベーションは、そういうところにあるのかもしれない。

 でもこれだけだと「そんなのはきれいごとだ」とか「大して儲からないのに楽しさをアピールするなんて、やりがい搾取だ」とか言われたり、「不要なものは淘汰されるのが当然だ」という進化論系自己責任論(?)とか、「外国語なんてAI時代にはオワコン」みたいな極論に突っ込みをいれられてしまう。

 しかもぼくは高校生くらいで「文芸とかカルチャーの翻訳はカッコいいし儲かるはず!」と思い込んでいたのがそもそものスタート地点で、そこにアピチャッポンとかプラープダーの作品に触れる機会があって、もうやるしかない!とハイになったまま10代と20代を終えた結果、いまがある。まあ、端的になんも考えてなかったのだ。

 なので、あんまりそういう言いっぱなしで無責任な感じにならないためにも、一応ちゃんと仕事になっているんだ、生きてこれたぞ、というところを見せていかないとなあ、と最近ますます思っている。それがどこかで、若いひとたちに選択肢とか希望を提示することにもなるかもしれないし。ちゃんと生きていかないとね。

2007年、大学3年次に留学していたタイで、国鉄に乗って西部カンチャナブリーへ。なにも考えていなさそうな顔をしている

プロフィール

福冨渉

ふくとみ・しょう|1986年、東京都生まれ。タイ文学研究者、タイ語翻訳・通訳者。青山学院大学、神田外語大学で非常勤講師。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)、訳書にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー』(河出書房新社)など。

Official Website
https://www.shofukutomi.info/

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