トリップ
【#2】牧野さんとの帰り道 – 故郷・小倉へ –
2022年9月20日
text: haruka nakamura
edit: Fuya Uto
牧野伊三夫さんの故郷は北九州・小倉。
僕は牧野さんの案内により、小倉でそれは幸福な時間を二度も過ごさせて頂いた。
「やあやあ、はるかくん。小倉に来てくれるなんて、なんとも嬉しいなあ」
手を振って牧野さんがやってくる。
牧野さんと会うと僕はそれまでとは別の世界に入り込んだような心持ちになる。
そして、その世界にずっと居たいなと思う。
まるで懐かしい映画のような、心地よいテンポと温度の中で。
門司港駅へ電車で向かう。
関門海峡。対岸には目の前に本州が望める。
ポツポツと灯る街あかりが見える。
北国には無い雰囲気の港町だが、どことなく函館から見える青森を思い出す。
我々の最初の目的地は、いつだって銭湯。
「きく湯」は昭和の時が止まったまま。
薬湯と水風呂で旅の疲れを癒し、いよいよ酒場へと繰り出す。
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牧野さんは徒歩で街を歩くことを大切にしている。風呂上がりで夕方の風が心地よい港町を歩きながら、「あそこのラーメン屋も美味いのだよ」「ここの焼き鳥屋のおばちゃんがおもしろい。あとで二軒目に顔を出そう、いや、ちょっといま、挨拶していこうか」などと、あれこれ街を教えてくれながら目当ての店へ向かう。
「富美」に到着。
暖簾には「鮨」の一文字。
店構えにグッとくる。
ガラガラと開けると「牧野さんおかえりなさい〜!」と歓迎を受け、カウンターに案内される。
どんな店でもそうなのだが、牧野さんは常連の店はもちろん、一見だとしてもお店の方々から大切に扱われているように見受けられる。
僕は松尾芭蕉にお供する河合曾良のように慎ましく後ろについていくだけで良いのだ。我々のあてのない旅は、何処につづく細道なのだろうか。
季節の小品がいくつか出てきて、それをツマミに呑み最後に鮨を何カンか頂ける、とても好きなスタイル。
牧野さんがこの名店を心から愛していること、そんな大切な店に僕を連れてきてくれた想いが伝わってきて酒が進む。
牧野さんの著作に「手酌をすると末代まで貧乏になる」というエピソードをいつも思い出すので、お酌を忘れないようにするが、牧野さんの方が気づきが早く、お酌時における我々の掛け声「まんずまんず」が店内に何度もこだまする。
まだ一軒目なのに徳利が何本も空く。
最高の気分で二軒目の焼き鳥「きんちゃん」へ。
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強烈な個性を持った店主のおばちゃんに圧倒され、焼き鳥を何本かと、少し呑んだだけのはずだが酔いがぐるぐると回る。あとになって気づいたら、おばちゃんと牧野さんのツーショット記念写真が20枚ほど撮れていた。どんな盛り上がり方をしたのか、記憶は曖昧である。
たしか牧野さんが僕のことを全く違う職業の架空の人物として紹介していたような気がする。
夜はまだまだ終わらない。
タクシーで小倉へ戻り「バー・ビックベン」という、牧野さん馴染みの老舗バーへ。
ここでウンダーベルクというドイツの薬草酒をくいっと流し込んで牧野さんは一度目の深い眠りに落ちる。
「薬草が二日酔いに効くのだよ」とのことだが、アルコールは44度もある。
バーテンダー歴50年で70を越える大ベテラン下迫さんとしばらくお話をさせてもらうが、僕のような若造が一対一で長く話せる相手ではない。緊張してウンダーベルグの詳細などをやけにたくさん聞いてしまう。
牧野さんが眠りから一刻も早く覚めるように祈る。
眠れる主人公を見守る小人たちの気持ちだ。
起きたところで、驚異的なことに牧野さんは完全復活する。底なしの体力は元・水泳選手というところからきているのかも知れない。小倉の飛び魚である。
「明日は小倉で唯一残るストリップ劇場で80代のおばあちゃんが炊き出しに作るカレーを取材するから、挨拶にいこう」という情報量の多い魅力的なお誘いを受け、閉館間際の劇場を訪れておばあさんに会いに行く。ステージは見れなかったが、時代の香りが色濃く残るとても興味深い場所だった。
まだまだ復活した牧野さんは止まらない。
せっかくの小倉の夜なのだからと旦過市場の屋台だったとんこつラーメン屋で〆にいく。
4軒目。
深夜になり、我々も呂律がおかしくなってくる。
さすがにこれで解散かなと思っていたら、おもむろに小路に入った牧野さんは、ある店の閉まってるシャッターを叩く。
ガラガラと開いて、「まあ牧野さん!」
5軒目が始まる。
この店では牧野さんが僕の音楽を流して、何も知らないママに聞かせながらまた眠ってしまう。
自分のこしらえた稚拙な音楽が流れる中、しばしの静寂を過ごし、想う。
僕は一体、何処にいるのだろう。
何処からきて、これから何処に行くのだろう。
20年後に、牧野さんのように生きていられるだろうか。
牧野さんが生まれた鉄の町で、僕らは今宵もまた酔い潰れている。
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プロフィール
haruka nakamura
ハルカ・ナカムラ|1982年、青森県生まれ。音楽家。15歳の時、音楽をするために上京。2008年1stアルバム「grace」を発表。それまで主にギターを弾いていたが、2ndアルバム「twilight」以降、ピアノを主体に音楽を作るようになる。「スティルライフ」など多数オリジナル・アルバムを発表。最新作はTHE NORTH FACE Sphereとのコラボレーションによる四季を通じたシリーズ「Light years」。旅をしながら音楽を続けていたが、2021年より故郷・北国で音楽をすることに。
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