ライフスタイル

【#2】街とVHS -大泉とブラジルのディスコ-

2021年11月18日

photo & text: VIDEOTAPEMUSIC
edit: Yu Kokubu

群馬県の南東に位置する邑楽郡大泉町は外国人人口比率が国内でも特に高い約18%で、さらにその多くがブラジル人である。1990年の入管法改正以降、多くの日系人が大泉の工場で働くために移り住んできた。これまでに取材や撮影なども含め何度か訪れているが、道を歩いているとブラジル料理だけではなくトルコ料理やハラールフードなどの飲食店も目立つ。空と道が広くて、静かな国道沿いに多国籍な香りの漂う街。そんな街の片隅にもたくさんのVHSソフトが並ぶビデオ販売店があった。

実はこの店は以前気になって取材を申し込んだこともあるのだが断られてしまったので、お店の名前や場所はここでは伏せさせてもらうが、狭い店内には海外の映画のVHSやDVDが多数並び、異国のレンタルビデオ店に迷い込んだような気分になった。店内には日本語の文字がまったくなく、ここが群馬ということを忘れ、脳が混乱する。

日本人が入って来ることなんてほぼないのだろう。店員に怪訝な顔で何の用かと聞かれたので、古いVHSをコレクションしていてVHSを探しにきたと伝え、ブラジル映画はないか尋ねたら、ブラジルの作品はほとんどないと言われた。

たしかに店内をよく見るとあるのはほぼアメリカやヨーロッパ諸国の有名映画のポルトガル語字幕版。他には日本のアニメのポルトガル語版など。しかしくまなく見ていくと少しだけブラジルのものと思われるVHSが見つかったので、なんとなく数本購入。(1本200円)

そのうち1本がこちら。

「Inspetor Faustão e o Mallandro」

1991年のブラジルのコメディ映画で、はっきり言ってVHSとしてのコンディションは微妙。おそらくレンタル落ちで映像も音もノイズまみれ。VHS全盛期と今との時間的距離、そしてブラジルと日本の物理的距離がノイズという形で画面に現れているようだ。それと同時に多くのブラジル人がここ大泉でこのVHSをレンタルし、回し観ていたことも想像する。

「サンバの町から 外国人と共に生きる 群馬・大泉」という上毛新聞社が1997年に発行した本によれば、97年当時の大泉にはブラジルのTV番組や映画のVHSを扱うレンタルビデオショップが多数あったそうだが、ブラジルから移り住んできた人たちにとっては異国の地で自分の故郷のエンタメに触れる手段はこうしたビデオショップでレンタルするVHSに限られていたのだろう。ワゴン車によるビデオの宅配専門店などもあったらしい。Youtubeなんて無い時代の話。磁気ノイズの奥から香るほのかなサウダージ。

字幕がないので映画の内容はどこまで掴めているのか自信がないが、男2人のバディものドタバタコメディといった雰囲気で、煌びやかなディスコのシーンや音楽を演奏するシーンも多く、なんとなく音に耳を傾けているだけで割と楽しめる。特にカラフルなネオン輝くディスコのシーンでブラジルの女性シンガーPatricia Marxが歌う極上のブラジリアンモダンメロウソウル「Sonho de Amor」がたまらない。密集して踊る人々の後ろで甘い歌がおぼろげに響く。

先ほどの「サンバの町から 外国人と共に生きる 群馬・大泉」によれば、90年代には大泉の隣の太田市の工業団地内にはブラジル人が集うディスコ「メード・イン・ブラジル」があったという。都心から離れた群馬県の工業地帯にあるブラジル人が集う巨大なディスコ。それはどんな場所だったのだろうか。今はなき「メード・イン・ブラジル」の賑わいと、地球の裏側の街に移り住み故郷の音楽で踊る気持ちを、映画の中のノイズまみれでボヤけたディスコの色彩に重ね合わせ、思いを馳せた。

プロフィール

VIDEOTAPEMUSIC

びでおてーぷみゅーじっく|ミュージシャン、映像ディレクター。1983年、東京都生まれ。地方都市のリサイクルショップや閉店したレンタルビデオショップなどで収集したVHS、実家の片隅に忘れられたホームビデオなど、古今東西さまざまなビデオテープをサンプリングして映像と音楽を同時に制作。近年では様々な土地に行って録音されたフィールドレコーディング素材を用いた楽曲制作や、国内外のアーティストとのコラボレーションなども多く行なっている。VHSの映像とピアニカを使ってライブをするほか、MV制作、VJ、DJなど幅広く活動。映像ディレクターとしてはcero、CRAZY KEN BAND、坂本慎太郎など様々なアーティストの映像も手がける。

Twitter
https://twitter.com/VIDEOTAPEMUSIC