TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】“magnif” Season one 2009-2025

執筆:中武康法

2025年11月17日

 黄色いファザードと赤い棚が目印のその店には、開店早々少なくないお客さんが足を踏み入れた。新品の真っ白いIKEAに詰め込まれた雑誌の多くは、「オープン記念 一律価格¥500」みたいなことになっていたのだが、これは単に商品化が間に合っていなかっただけの事情だった。目ざといコレクターがハイエナの如くうろつく神保町。本来ならばプレミアム価格に設定されるようなものは早速売れ始め、棚がスカスカになっていった。数字的には疑問が残るが、結果的にはお客さんに喜ばれることとなった。

 出版業界ひしめく街ならではの事だと思うが、オープンして早々、取材の依頼をいただいた。一番目は『Pen』という雑誌の「NEW OPEN」という巻末記事だった。取材をしてくださったのはとある敏腕フリーライターの方だったのだが、その方とはのちに『POPEYE』『BRUTUS』などでも関わらせていただくこととなり、ずっとご縁が続いている。次にお声がけいただいたのがPARCOのファッションメディア『ACROSS』。こちらはウェブ記事で、豊富な文字数で丁寧に取材していただいた。このACROSSの方々とも、現在なお一層のご支援を受け、お付き合いさせていただいている。みなさま本当にありがとうございます。

 その頃の取り扱いで思い出されるのが『流行通信』という雑誌だ。1960年代から2000年代まで長らく続いたモード雑誌。コレクション情報やデザイナーへのインタビューはもちろん豊富だが、特筆すべきはその耽美的なヴィジュアルで、表紙もファッションフォトも毎号うっとりしながらページをめくることとなる。その中でも象徴的なのが1980年の横尾忠則AD期。たったの一年ほどだが、横尾忠則がディレクションを務め、湯村輝彦と養父正一という当時きっての才能がデザインを担当した。号によってテーマがあり、カラーを極力避けた“白黒号”や、表紙からずっとモデルの後ろ姿が並ぶ“背中号”など、実験的でニューウェイヴな魅力にあふれている。これらの号をはじめて手に取ったのがいつなのか思い出せないが、ただでさえ特徴的なこの雑誌の中でも、一際目立って見えたことを思い出す。クレジットを見てすぐに「ああ、なるほど」と思ったが、それにしてもカッコ良いと思った。ぜひ店の目玉として、ズラリと面陳したいと思ったのである。

 『流行通信』“横尾号”は、価格の面でも他の号と差別化すべきだと思った。それは「少しでも高く売りたい」というようなビジネス的な理由ではなく、自分の価値観が世間の同意を得られるのかという古書店主のアイデンティティそのものである。ファッション雑誌をメインに扱うと宣言した自分にとって、この値付けはとても重要で、緊張感あふれるものとなった。

 同じ時期の同雑誌が一冊¥1000〜¥2000にて販売していたのに対し、“横尾号”は一冊¥4000〜¥5000にて陳列させた。当時のネットオークションや他店サイトではそういう価格は見られなかったと思う。お客さんの反応は気になったが、表紙にインパクトのある号から売れてゆき、すぐに完売した。やがてそれらの号は定番の入荷待ち商品となり、どこかの誰かが出品したネットオークションでも高値の落札がみられるようになった。そして数年後には、海外の古書ディーラーからも問い合わせが相次ぐようになったのだった。

 古本屋というものは、自分で新しいものを生み出すわけでもなく、誰かが創り出したものを右から左に流すだけの仕事だ。しかし、それまでとはちょっとした違うモノサシを世の中と共有できるのならば、新しい価値を生み出す事ができるのかもしれない。ちょっとずつだが、自分の仕事に手応えを感じていった。

プロフィール

中武康法

なかだけ・やすのり | 1976年、宮崎県生まれ。2009年、古書店『magnif』を古本のメッカ・神田神保町にてスタート。古今東西のファッション雑誌を集めた品揃えは、服好き雑誌好きその他の多くの趣味人の注目を集めている。2025年末、建物の老朽化のため移転を予定している。

Instagram
https://www.instagram.com/magnif_zinebocho

Official Website
https://www.magnif.jp