カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.31
紹介書籍『ケアと編集』
2025年10月15日
text: Densuke Onodera
edit: Miu Nakamura
パンクとケアに垣間見る共通項
中学生の頃。音楽が好きでバンドをやってみたいと思ったが、自分には無理だと早々に諦めた。なぜなら当時の私はくるくるパーの癖っ毛で、眉毛もゲジゲジで極太だったからだ。
毛質も眉毛もバンドと関係ないじゃないか、それはお前が意思薄弱だっただけじゃないか。甘えるな。と、思うかもしれないが、当時はヴィジュアル系と呼ばれるバンドが全盛期で、ヴィジュアル系バンドのメンバーはみなストレートヘアで眉毛は極細、美しい見た目で演奏も超絶上手かった。
同級生でバンドマンを志す友人たちは髪を伸ばしたり縮毛矯正をかけたり眉毛を剃るなどして自分のヴィジュアルを磨き、ひたすらギターの速弾きの練習をしたりボイストレーニングに通って音痴を矯正するなどして演奏の技術を磨こうとしていた。
毛質も眉毛も技術も音痴も「矯正」して、見た目や演奏の「美しさ」を磨いてステージに立つのがバンドマンなら、劣等感の塊だった私は「俺には無理な世界だ」と諦め、部屋で一人フォークギターを爪弾くような暗い中学生に成り果てた。
そんなくるくるパーの陰キャ中学生にとって衝撃的だったのはパンクとの出会いで、パンクはヴィジュアル系バンドとは対極だと感じた。すなわち、毛質も眉毛も技術も音痴も「矯正」せず、見た目や演奏はありのまま、むしろボロボロで汚い。でもその”どぶネズミみたいな美しさ”に魅せられて、すっかり私の世界はひっくり返ってしまった。これなら自分にもできそうだと思った。
自分自身の姿や形は変えずとも、背景が変われば自分にもバンドができることがわかり、それから20年以上が経過してもくるくるパーの陰キャなままパンクバンドをやっている。
この体験を振り返るとヴィジュアル系は「治療」的で、パンクは「ケア」的なアプローチだなぁ、と医学・福祉の観点から妙な実感をしているのは、最近『ケアと編集』という本を読んだからだ。
本書は〈ケアをひらく〉というシリーズを創刊して数々の名著を世に送り出してきた編集者による著書で、タイトルの通り「ケアと編集」という観点から著者の知見が綴られている。
本書でキーワードの一つになっているのが「〈図(=形〉は変えないで〈地(=背景)〉を変える」だ。
どういうことかというと、例えば精神にかかわる病気をかかえる当事者に対し、治療という名で本人(図)を変えて元の環境(地)に戻すのが「医学」であるならば、本人(図)を変えようとせずむしろ「ほんとうに変えるべきなのか?」と疑い、そのままでも輝けるように周囲との関係や環境(地)を変えるのが「ケア」的アプローチだということだ。
これを私は前述したヴィジュアル系とパンクに置き換えて妙に納得しながら読んだのだが、「図は変えないで、地を変える」は現代社会を生きる多くの人にとっても示唆に富んだキーワードだと思う。
試しに求人サイトを眺めてみれば、コミュケーション能力があって、プレゼン能力が高くて、明るく元気で成長意欲のある35歳以下の若い人材ばかりが求められている。そして、求められる人材像(地)に合わせるように自分(図)を磨いて市場価値を高めていこうとするのが現代社会を生き抜く唯一の方法で、そこからはみ出した部分は「生きづらさ」として自己責任で生き延びなければならないのが現代社会だ、と陰キャくるくるパーの私は感じている。
そうした当たり前を疑い、常識や世間体に合わせて自分を変えず、むしろはみ出した部分を個性として輝かせることができる可能性や方法があるという気づきを得ることができれば、見える世界は変わると思う。私はそれを文学やパンクから得てきたのだが、著者は本書で「ケアと編集」の視点から語ってくれていて、読むと希望が湧いてくる。
というか、本書で語られていることには「それって、つまりパンクじゃん」ということが多い。
例えば、パンクには「DIY精神(=個として自立すること)」と「ユニティ(=仲間と連帯すること)」という相反するようなキーワードが両立されていて、そこがパンクの奥深さだよなぁと思っていたのだが、本書の中で紹介されている「多くの人や物に依存できることが自立の条件である」(P.59)というケアの言葉とその説明を読んで、そうか!と膝を打った。
自分の弱さを克服して自立するのではなく、弱さのまま支配−被支配の関係性としての依存でもなく、弱さを「他者を巻き込む力」に変換して多くの人と連帯(=依存)する。パンクスの先人達はそうしたケア的取り組みを本能的に実践してきたのだなぁと思った。
パンクとケアとの共通項を随所に感じながら新たな気づきを得ることができる、パンクス必読の名著。
紹介書籍
ケアと編集
著:白石 正明
出版社:岩波書店
発行年月:2025年4月
プロフィール
小野寺伝助
おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。
関連記事
カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.30
紹介書籍『どう生きるかつらかったときの話をしよう』
2025年8月15日
カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.29
紹介書籍『ガリヴァー旅行記』
2025年6月15日
カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.28
紹介書籍『いくら新芽を摘んでも春は止まらない』
2025年4月15日
カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.27
紹介書籍『子どものものさし』
2025年2月15日
カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.26
紹介書籍『ゲリラガーデニング 境界なき庭づくりのためのハンドブック』
2024年12月15日
カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.25
紹介書籍『アンパンマンの遺書』
2024年10月15日
カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.24
紹介書籍『ガザ日記 ジェノサイドの記録』
2024年8月15日
ピックアップ
PROMOTION
富士6時間耐久レースと〈ロレックス〉。
ROLEX
2025年11月11日
PROMOTION
心斎橋PARCOでパルコの広告を一気に振り返ろう。
「パルコを広告する」1969-2025 PARCO広告展
2025年11月13日
PROMOTION
〈バルミューダ〉のギフト、ふたりのホリデー。この冬に贈るもの、決めた?
BALMUDA
2025年11月21日
PROMOTION
NORMEL TIMES初のショートフィルム『遠い人』の玉田真也監督にインタビュー。
NORMEL TIMES
2025年10月30日
PROMOTION
11月、心斎橋パルコが5周年を迎えるってよ。
PARCO
2025年11月10日
PROMOTION
Polo Originals × POPEYE LOOK COLLECTION
2025年10月21日
PROMOTION
新しい〈シトロエン〉C3に乗って、手土産の調達へ。
レトロでポップな顔をした、毎日の相棒。
2025年11月11日
PROMOTION
「Polo Originals」の世界へ、ようこそ。
2025年10月31日
PROMOTION
職人技が光る大洋印刷とプロのバッグ。
Taiyo Printing
2025年11月8日
PROMOTION
〈バレンシアガ〉Across and Down
Balenciaga
2025年11月10日
PROMOTION
「Polo Originals」とは何か?
それは〈ポロ ラルフ ローレン〉の世界観の名前。
2025年10月21日
PROMOTION
心斎橋にオープンした〈リンドバーグ〉で、 快適かつ美しいアイウェアを探しに行こう。
2025年11月5日
PROMOTION
〈ACUO〉で前向きにリセットしよう。
Refresh and Go with ACUO
2025年10月29日
PROMOTION
秋の旅も冬の旅も、やっぱりAirbnb。
Airbnb
2025年11月10日
PROMOTION
お邪魔します、「Polo Originals & Friends」。
W・デイヴィッド・マークスさんと見つけた、今の時代の「自由」なトラッド。
2025年10月21日
PROMOTION
6周年を迎えた『渋谷パルコ』を散策してきた!
SHIBUYA PARCO
2025年11月22日
PROMOTION
〈チューダー〉の時計と、片岡千之助の静かな対話。
Finding a New Pace feat. Sennosuke Kataoka
2025年11月28日