カルチャー
『九月と七月の姉妹』のアリアン・ラベド監督にインタビュー。
2025年9月10日
公開中の『九月と七月の姉妹』は、紹介の仕方に悩む映画だ。主人公は、10ヶ月違いで生まれた姉妹のセプテンバーとジュライ。姉が妹を支配するという、明快な主従関係の恐怖を描いたスリラーでありながら、その共依存的なシスターフッドに滲む愛しさを捉えた青春映画でもある。従来のジャンルに位置づけがたい今作で長編映画監督デビューを飾ったのは、ヨルゴス・ランティモスのパートナーであり、役者としても知られるアリアン・ラベド。というわけで、彼女にインタビューを決行した!

© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024
――まず、原作小説との出合いについて教えてください。
アリアン・ラベド(以下、アリアン) 私は過去に『Olla』という28分の短編映画を監督したんですが、それを観たBBCフィルムから「これ、好きなんじゃないかな」とこの小説が送られてきたんです。読んでみると、確かに世界観やスタイル、キャラクターたちまで自分にぴったり合致して、すごく気に入りました。その後、原作者のデイジー・ジョンソンと話した際に「まったくあなたの好きにしてもらっていいから」と言ってもらえたこともあり、自分の最初の長編作品にうってつけだと思ったんです。一番最初に惹かれたのは、二人の姉妹のキャラクターですね。
――その姉妹を演じたミア・サリアとパスカル・カンも、今作が長編映画デビューですよね。キャスティングの際はどのようなことを考えていましたか?
アリアン キャスティングのプロセスってちょっと謎めいていて。今回は1年かけて探しました。原作に言及がある通り、インドにルーツがある人を探していて、プロの方からそうでない方まで、何人もの才能ある俳優さんたちに会ったんです。でも、最終的にセプテンバーを演じたパスカルは、実際インド系ではないんですよね。ジュライを演じたミアの方はインド系なんですが、これは原作の「ジュライは母親似、セプテンバーは父親似」という設定を意識しました。姉妹だけど、あまり似ていない。なんだけれども、二人で共通の言語を作るような仲の良さがある。パスカルとミアにそれぞれ会って、それから二人が一緒にいるところを見て、ああ、この二人は完璧にマッチしているなと。素晴らしい役者さんでした。

© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024
――劇中で姉妹をいじめているジェニファーが、車椅子に乗っているというのも印象的に映りました。
アリアン ジェニファーを演じたニーヴ・モリアーティのことは、ビデオテープでの演技を見て知りました。すごくいい女優さんだなと思って会ってみると、そこで初めて車椅子を使っている人だと分かって。彼女を選んだのは、まず素晴らしい女優であるというのが最初の理由。そして、このキャラクターに彼女をキャスティングすると面白いのではと考えたのが、2番目の理由です。普通、いじめっ子の役で車椅子の方はあまり起用されません。障害を持っている人を可視化することや、彼らに対して違うアプローチを持つことも大事だと思いました。我々のコミュニティにおいて隠されてきたこと、あるいは映画が見せてこなかったものを見せるという意味でも、興味深いと思ったんです。
――キャスティングでもうひとつ面白いなと思ったのが、シンガーソングライターのモリー・ニルソンが本人役で登場していることです。エンドロールでも彼女の曲が流れます。‘80年代ニュー・ウェイヴっぽい音楽性や、ふざけたMVが魅力的な独立系アーティストですが、彼女を起用したのはなぜですか?
アリアン まず、私が彼女の大ファンだからですね。トリビュートしたかったんです。この映画のゴシックでちょっとニューウェーブなところも、彼女の雰囲気とぴったり合うと思いました。で、これはちょっと言うのが恥ずかしいんですが……デヴィッド・リンチへのオマージュというか。たとえば彼の『ツイン・ピークス』なんかを見ていると、自分の好きなミュージシャンを呼んで音楽をやらせたりしてるじゃないですか。そういった部分に感化されました。恥ずかしいですが。
――なるほど、リンチでしたか! 劇中にはそれ以外にも、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』や、シャーリィ・ジャクスンの『丘の屋敷』など、ホラー文脈からの引用がところどころ見られます。しかし今作は、スリラー映画の残酷さや恐ろしさだけでなく、青春映画のような愛しさやユーモアをも抱えています。制作の際に意識していた作品はありますか?
アリアン おっしゃる通り、引用によって過去の作品や監督の存在を認めつつも、私はいわゆるホラー映画のルールみたいなものには、まったく沿っていないんです。それから、従来の映画のジャンルというものを繰り返してはいません。というか、多分逆を行っていると思います。何か超自然的なもの––––メタフィジカルなものを表現する上で、日常生活のディテールを利用して、身体的もしくは有機的な具体性を与えています。劇中、父親が不在ということもあり、これまでに男性たちが作ってきた「ジャンルもの」とは程遠くなっています。自分なりのものを作ることに集中していました。

© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024
――監督としては長編映画デビューとはいえ、アリアンさんは女優としての経験が長いですよね。女優の経験が活きた瞬間も多かったでしょうか。
アリアン もちろんです。私は映画学校に通っていませんが、役者として撮影現場にいた経験がその代わりになっています。自分が現場でいろいろな監督たちと仕事をしてきたこと、彼らを見てきたことは、仕事の仕方や、自分自身の映像言語を見つける助けにもなりました。特に演技や演出においては身体性をかなり重視したのですが、それは私が役者として演技する際に意識していたことでもあります。私は映画はチームワークだと思っていて、監督が作品を独占するような作家主義には強く反対しているのですが、これもまた自分の経験に基づく考えだと思います。
――映像表現に関していうと、アスペクト比(画面の縦横比)の変化なども思い当たります。前半は16mmのビスタサイズ、後半は35mmのシネマスコープで撮影されたということで、閉鎖的な前半に比べ後半は視界が開けていきますが、この選択はなぜ逆ではなかったのでしょうか?
アリアン そうですね、このアイデアは直感と反するかもしれません。前半は荒い質感の映像でフィクションらしく見えるのに対し、ジュライの知覚が広がっていく後半は、フレームも広がりイメージがクリアになっていく。中盤の事件をきっかけに、ジュライの世界は閉じるのではなく、反対に開いていきます。この違和感が観客にとって物語のヒントになることを期待しています。
――面白いです。では最後に、この映画に自分に似ていると思うキャラクターはいらっしゃいますか?
アリアン 全員ですね。3人のメインキャラクターについては特に。3人ともすごく極端なんです。セプテンバーはフラストレーションを抱えていて、世の中に恐怖や怒りを抱いている。ジュライはちょっとヘンで不器用なところがありつつ、周りの世界には興味を持っている。二人の母親であるシーラは、子育てにもがいているのに加えて、生活に葛藤している。そんな中でベストを尽くそうとしている彼女達は、もしかしたら私たち全員に似ているんじゃないでしょうか。特に自分が10代だった頃はセプテンバーやジュライに似ていて、今の自分はシーラに似ているんじゃないかと思います。

© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024
インフォメーション

九月と七月の姉妹
生まれたのはわずか10か月違い、いつも一心同体のセプテンバーとジュライ。我の強い姉は妹を支配し、内気な妹はそれを受け入れ、互いのほかに誰も必要としないほど強い絆で結ばれている。しかし、二人が通うオックスフォードの学校でのいじめをきっかけに、シングルマザーのシーラと共にアイルランドのノース・ヨーク・ムーアズの海辺近くにある長年放置された一族の家<セトルハウス>へと引っ越すことになる。新しい生活のなかで、セプテンバーとの関係が不可解なかたちで変化していることに気づきはじめるジュライ。「セプテンバーは言う──」ただの戯れだったはずの命令ゲームは緊張を増していき、外界と隔絶された家の中には不穏な気配が満ちていく……。 2025 年 9 月 5 日(金) より渋谷ホワイトシネクイント、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開中。
© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024
プロフィール

アリアン・ラベド
1984年生まれの俳優・映画監督。フランス人の両親のもとに生まれ、幼少期をギリシャ・アテネで過ごす。ドイツを経て、12歳でフランスに移住。エクス=マルセイユ大学で演劇を学び、演出家アルギロ・キオティと出会い、2005年に劇団VASISTASを共同設立。ギリシャ国立劇場でも舞台に立った。2010年、ヨルゴス・ランティモス監督が製作・出演した『アッテンバーグ』(アティナ・ラヒル・ツァンガリ監督)で映画デビューを果たし、ヴェネツィア映画祭とアンジェ・プルミエ・プラン映画祭の最優秀女優賞を受賞。本作でヨルゴス・ランティモスと出会い、2013年に結婚。2011年から2021年までロンドンに在住し、現在はアテネを拠点にしている。2014年、『欲望の航路』でロカルノ映画祭最優秀女優賞を受賞、2015年にはセザール賞新人女優賞にもノミネートされた。初監督短編『Olla』(19)はカンヌ監督週間、ロンドン映画祭、テルライド、サンダンスなど、世界中の映画祭で上映され、クレルモン=フェランでは最優秀作品賞を受賞している。
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