カルチャー
古舘伊知郎が客人を迎える理由。
丸の内コットンクラブが湧く月一回の「古舘と客人と」。
2025年8月3日
photo: Naoto Date
text: Neo Iida
2023年に始まったトークライブ「古舘と客人と」は、古舘伊知郎さんが“いま話したい人”を毎月ゲストに迎えて行うイベントだ。2024年からは会場を新宿から丸の内の『コットンクラブ』に移し、食事とお酒、そして喋りを楽しむプレミアムなひとときが繰り広げられている。舞台上の古舘さんは、ゲストから引き出した話を、豊富な知識と語彙によって自由自在に展開させていく。配信はなしの完全オフライン。この贅沢なライブはどうして生まれたのか。古舘さんに話を聞いた。
トークの準備はメモから。
一回頭に入れて、全部捨てる。
―ー「古舘と客人と」がスタートしたのには、どういう経緯があったんでしょうか。
「トーキングブルース」(“トークでブルースを奏でる”をコンセプトに、古舘さんがマイク1本2時間ノンストップで喋り続けるトークライブ。1988年から始まり現在まで続くライフワーク)のような、ひとりのライブはずっとやってきたんです。でもね、『報道ステーション』を挟んでもうとっくに忘れられてますけど、ゲストを招いたトーク番組の司会もやってたわけですよ。スタッフからそういうライブもやったほうがいいんじゃないかと提案があって、ぜひやりたいと。
―ー2023年にスタートして、過去には爆笑問題の太田光さん、リリー・フランキーさん、秋元康さん、ピエール瀧さん、石井竜也さんなど、華々しいゲストがいらっしゃっていますよね。人選はどうされているんですか?
僕がよく知ってる人だからすぐトーク行けるでしょうというパターンと、僕の主観だけで選んでしまうと、やっぱりどこか偏りや人見知りがでてしまうので。事務所のブッキング担当からの提案されるパターンもあります。そこから準備を始めます。
―ー古舘さんのトークの準備、すごく気になります。
初めての人はちゃんとプロフィールを調べます。この役者さんだったらあの映画の話を聞くべきだなとか。やっぱりアナウンサー出身ですから、ちゃんと知っておかないと。
―ー調べた情報はメモなどにまとめるんでしょうか?
はい、メモします。そして一切使いません。一回頭に入れて、全部捨てます。準備したものが全部出せるわけないし、ある種の呪文みたいなもので、書くことで安心するんですよ。それに初対面のゲストも多いので、準備せずに臨むと名前も出てこない可能性がある。それは怖いから、ある程度は情報が頭に入っている、という若干の安心感を持って舞台に上がります。それにメモを見てたらカッコ悪いじゃないですか。
―ーメモはご自身の手書きですか?
もちろん。古い人間ですから。でも文章にはなってませんよ。順番もなく「あの映画では残酷な顔をしてた」みたいなことを走り書きするだけです。構成を練って「さて、続きましては」って始めてしまうと面白くない。話というのはあっちゃこっちゃ行った方がいいわけです。だから順番も決めず、走り書きのメモを作って、それを見ないようにします。
―ー古舘さんならではの準備方法、興味深いです。先日、リリー・フランキーさんの回を拝見させていただいたんですけど、ゲストの話を聞くだけじゃなくて、古舘さんも結構話しますよね。
話してました? いやあ、よくないですね。やっぱりゲストがいちばんなんだから、合いの手くらいでいいのに。やってましたか。
―ーいやいや、でも楽しかったんですよ。ゲストの話を引き出すのはもちろんなんですけど、10聞いたら俺も5か6は返すという。
俺も俺もで。すみません。
―ーその都度、お客さんがわっと沸いていたんです。やっぱ古舘さん見に来られている方も多いですから、めちゃくちゃ盛り上がっていましたよ。
いいこと言ってくれますねえ。あの回を思い出すに、リリーさんはスロースターターで、最初はローテンションであんまり喋らなかったから、僕が多めに喋ったんです。でも中盤から後半はリリーさんもガンガン乗っちゃった。なかには遠いところから来て、帰りの電車が間に合わない人もいるんですよ。だから締めを気にしちゃって、余計に喋ったのもありましたね。
―ーホストとしてそのへんも気に掛けるわけですね。
もちろんですよ。お客さんが全てですから。お客さんがハラハラしたり、楽しんでくれたりするのがいちばんいいわけで。だってコットンクラブですもん。チケット代いただいて、料理を食べたり、ワイン飲んだりして。もしかしたら古古古米を買って、節約して今日ここに来てくれたかもしれないじゃないですか。古古古米のことも、この人は朝何を食べたんだろうってことまで考えるわけですよ。
―ー視野が広い! ゲストを迎える「古舘と客人と」は、ひとりで舞台に立つ「トーキングブルース」と比べて、どんな違いがあるんでしょう。
やっぱり「トーキングブルース」は自分とお客さんという一対複数の直線的な向き合いなんですよ。でも「古舘と客人と」はそこにゲストが加わって正三角形になる。ゲストと話しながら、お客さんのおもてなしをしないといけないんです。ゲストとばかり話すとお客さんが置き去りになって本末転倒だし、お客さんを意識し過ぎてゲストを無視するわけにはいかない。アメリカと中国に挟まれた日本の苦しみですよ。本当に大変なんですよね。
―ー確かに客席に対して呼びかける場面も多かったです。一体感があるというか。
武道館に例えると、アリーナ席はゲストのファンが多くて、僕とは少し距離があるんですよね。でも常連さんであろうが、ゲストのお客さんであろうが、同じ金額のチケット代を払って来てくれているわけですから、コスパとタイパ取れないって言われたら、商品として終わりじゃないですか。だからもう靴底だって靴の中だって舐めたい。本当にそのくらいの気持ちなんですよ。
―ー(笑)。確かに楽しんで帰ってほしいという気持ちがめちゃくちゃ伝わりました。
本当は僕だって憧れるわけですよ、偏ってる人に。あまりにも有名な〈VAN〉の生みの親、石津謙介さんはデザイナー兼経営者で、アメリカントラッドからスウィングトップからトレーナーから、コピーライターみたいにネーミングを考えて、あげくに「これからは宣伝広告費に金を使わなきゃダメだ」って『メンズクラブ』みたいな雑誌に広告を出して、それがバカ受けして〈VAN〉は大人気になった。それなのに赤字計上して最後潰れたんですから。何言ってるか分からなくなりましたけど、カッコいいじゃないですか、偏っちゃうのって。つまり徹底してるってことですよ。でも俺は石津さんじゃないから、間違わずにお客さん至上主義にならないといけない。そういつも思ってるんです。まずはお客さんが楽しんでいるかどうかが第一。次にゲストをねんごろに扱う。もうそればっかり考えてます。
今の自分を出しながら、
若い時の自分と向き合う。
ー―“喋り”は古舘さんの活動の軸だと思うんですけど、長年お仕事を続けていらして、今はどんな心境ですか?
もうね、今しか考えてません。とにかく今、今、今。過去にとらわれるな、未来を予測するな、今を生きろっていう、これって良く言えば仏教的なんです。反対に、悪く言うともう70歳を超えて夢もへったくれもないわけですよ。今更夢抱いてどうするんだって。だから喋る場があればそこに行って喋って帰って寝て、また喋る場があったら準備して勉強して喋る。そういう“今”を繰り返してます。
―ー今を生きているんですね。
そうです。テレビのワイドショーの天気予報で長期予報が始まるとイライラしちゃって、自分でもなんでイライラしてるんだろう? って思ってたんですよ。それは自分が今しか考えられないから。3週間先の天気のことなんてどうでもいいんです。それよりも今やるべき仕事を一生懸命やりたいし、もう若い時みたいに夢を抱いたり、身を案じたり、心配したり喜んだりっていう気持ちの揺れはあまりないです。非常に刹那的ですよ。国は人生100年とかたわけたこと言ってますよね。平均寿命を考えても、みんなが100歳まで生きられるわけじゃないじゃないですか。いい潮時で死んでいくのがいい塩梅なのに、そうやって持ち上げて年金カットしようとしてるんだから、その手に乗るかこの野郎って。ひとり年金改革をやらなきゃいけないんです。そのためには一生懸命喋って、お迎えが来るまで頑張る。……とか言ってるやつが、いざお迎えに来たら長煩いするかもしれないし、「今、お風呂入ってます!」とか言うかもしれない。そうなったらセコいですけど、それでも僕は今を生きようと思ってるんです。
―ーどの世代にも当てはまる考え方だなと感じました。年齢を重ねて、喋りの感覚は変化しましたか?
若い時はガンガン喋ってましたよ。物量も多かったし、声も枯れなかったし、フラフラしなかった。昔ほどのエネルギーはないかもしれませんが、そのぶんこの辺りで違う話をして、この辺りでいじくったりヨイショしてみようかなっていう、あざとさは増してると思いますね。喋りの加齢臭とでも言いますか。いい方向にバイアスがかかれば「いい感じでキャリアを積んできてるな」、悪い方向へ傾けば「フレッシュじゃないよね」。腐敗か発酵かっていう、沖縄の豆腐ようみたいな状態ですよ。腐っちゃったら終わりだから、うまく発酵で止まっていないといけない。短所は長所で、長所は短所ですからね。そのふたつを行ったり来たりしてるんです。
―ーでも、見ていると何も衰えてないように見えますよ。
……そういう感動を誘うために、わざと「力ないんですよ」とか言うんですよ。「違いますよ」って言ってほしいわけですよ。このいやらしさ、これが70歳の実寸大の私です。
―ー乗っかってしまいました(笑)。でも喋る行為って、頭の回転と連動すると思うんです。自分の親を見ても衰えを感じるのに、舞台上で見ている古舘さんはフルパワーで喋っているので、一体どうなっているんだろうと思うんですよ。
でもね、朝起きた時に立ちくらみが起きたり、喋ってると酸欠になってふらっとしたり、ちょっとはあるわけですよ。それでお医者さんとか治療師の方に相談したら「完全な脳の過緊張です」と。アイドリングなしでバーッと喋って脳が回転するのが癖になっていて、血流が追いつかずに軽い酸欠になっているらしいんです。首とか肩とかもガチガチだし、加齢には抗えないんです。でも加齢と老化は違うから、加齢は素直に受け入れて、老化は抑え込んでいかないと。
―ー加齢と老化は別ものなんですね。
そう。誰もが、定番で何も更新されてないものをマンネリと呼んで、もう時代に合わないよねって否定するじゃないですか。ポール・マッカートニーには「イエスタデー」を演奏してほしいけど、そればっかりじゃダメで、新しい曲も聴きたい。そういう意味では自分との勝負ですね。今までの得意技も出すけど、それだけだったら若い時の自分にかなわない。今の自分を出して、若い時の自分と向き合わなきゃいけない。常にその葛藤です。
ー―年齢を重ねた自分は受け入れるけど、常に今の自分で勝負する。確かに、古舘さんとリリーさんの話、めちゃくちゃ若かったですもんね。話の7割が下ネタで。
そこはゲストに乗っかっちゃう部分もありますよ。それにリリーさんは保険がかかってますよね。汚くないじゃないですか。尾籠な話といやらしい話っていうのは、リリーさんのブランドの中に入ってるんですよ。ディオールのダメージジーンズみたいでムカつきますよね。僕が同じことをするとダメなんですよ。あまたの喋りは「誰が言うか」。毒舌でも下ネタでも、そのイメージがない人が言い出すと「何この人」って目一杯叩かれる。だから本当は僕も気をつけないといけないんですけど、リリーさんがいたらリリーさんのせいにできるんですよね。
やり過ぎた回のほうが、
記憶に残っている。
ー―思い出に残っているゲストの方はいらっしゃいますか?
皆さんもちろん覚えてますけど、自分の中では悔いが残っている回のほうが印象に残ってます。例えば二階堂ふみさんとか、もともと顔見知りくらいの距離感だったこともあって、ちょっとヨイショし過ぎちゃったんですよ。二階堂さん、頭の回転も早くて素敵な方で、言うことなすこと同意しちゃって。終わったあとなんだか虚しくなって、そうか、もう少し意地悪や疑問を挟んで丁々発止やるべきだったなって。そのほうがトークも盛り上がったし、二階堂さんの違った一面が見れたかもしれない。
ー―なるほど。終わったあと振り返って反省するんですね。
楽しくてやり過ぎた回もありますよ。飯島直子ちゃんのことは昔からファンで、前の旦那のTUBEの前田くんも『夜のヒットスタジオ』の司会をやってた頃から大好きで、僕にとってはダブルゲストみたいな感覚だったんです。それで調子に乗って「なんで離婚したの」とか色々聞いて。「まさか朝、コンサート行く前にソックス履かしたりしないでしょ?」って冗談で言ったら「私は履かせますよ。やりすぎちゃうんです」なんて言うから、「じゃあ、俺を前田くんだと思ってソックス履かしてくれ!」って言ったんですよ。舞台の上で靴下脱いで。そしたら履かせてくれたんです。
ー―すごい!(笑)
さすがに緊張しましたよ、俺も。でも楽しくて「もう一回!」って2回やってもらっちゃって。さすがにお客さんも引いてました。
ー―(笑)。想像するだけで面白いです。
全然おもてなしになってないし、自分が楽しんじゃったなあって。そういうのは全部覚えてます。むしろリリーさんとか、爆笑問題の太田さんとか、前から知ってる人はあんまり記憶にないですね。楽しいんですよ。トークをお互いにやり合うから「あの軽井沢のテニスコート、楽しかったね」くらいの感想で、中身は覚えてない。ラリーよりも試合中断のほうが面白いし印象に残るから、やりすぎちゃった方のほうが覚えてますね。
ー―実際、ハプニングが起こったこともあるんですか?
ゲストは関係ないんですけど、エンディングで「今日はありがとうございます」って締めようとしたらドーンと音がして、ひとりのお客さんが気絶してしまったんです。あとで聞いたら、会場に来るまで少しお酒を飲んで、12月の寒いなか道に迷って20分くらい遅れてしまい、大慌てで中に入って席に着いてまた飲んだらしいんです。それで体がびっくりしてして倒れてしまったようで。
ー―大変……。まだ他のお客さんも会場にいらっしゃるわけですよね?
そうです。僕も締めに入ってたところだったんですけど、そんなの中断じゃないですか。すぐ降りてお客さんの様子を見に行って。そうしたら偶然、隣の席にお医者さんでいて、向こう側には消防隊員の経験のある人がいて、ふたりがバンバン「はい、ちょっと頭高くして!」とか「足低くして!」とかやってくれて。僕は何もすることがないけど、主催者ですから現場にいなきゃいけない。だから真横で「いま頭の下に枕を入れました。それで足の高さを低くすると」とか言って、ずっと描写をしたっていう。
ー―現場の様子を!(笑)
誰も何も言ってないのに「なるほど!」って言いましたもん。倒れた方にも周りにも気を使う、どこかアナウンサーの意識があるんでしょうね。
ー―実際に起こった出来事がこんなふうに面白い話になっていくのがすごいです。
癖ですね。ある種の変質者なんだと思います。うちのスタッフは、僕が何を話しても慣れてるしシーンとしてるんですよ。でもこうやって取材に来ていただくと盛り上げてくれるし笑ってくれる。それが僕のサプリになるから喋るんです。この延長線上にライブがあるんだと思います。
インフォメーション
古舘伊知郎
ふるたち・いちろう|1954年、東京都生まれ。1977年にテレビ朝日にアナウンサーとして入社。プロレス実況での“古舘節”は絶大な人気を誇り、フリー転身後もF1の実況やバラエティ、NHK『紅白歌合戦』の司会など多岐にわたり活躍。2004年から12年間『報道ステーション』のメインキャスターを務め、現在は独演ライブ「トーキングブルース」、コットンクラブでの月例企画「古舘と客人と」を主催。YouTubeチャンネルで時事解説を行うほか、ナレーション、司会、執筆にも幅広く取り組む。
12月より全国5か所をまわる【古舘伊知郎トーキングブルース「2025」】を開催。
古舘と客人と
月に一度、“喋り屋”こと古舘伊知郎が、今話したい人をゲストに迎えてサシで語り合うトークライブ。台本なし、演出なしの、いわば同席可能なプライベートトーク。会場は丸の内のコットンクラブ。予約はホームページから。
Offcial Website
https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/
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