TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】猫よけペットボトルの起源

執筆:内海慶一

2025年4月10日

「猫よけペットボトル」という俗信がある。水を入れたペットボトルを置くと、その場所に野良猫が近寄らなくなるというものだ。この俗信の起源について、どこかで耳にしたことはないだろうか。

1980年代中期、4月1日。ニュージーランドの園芸家イーオン・スカロウ(Eion Scarrow, 1931~2013)は、ラジオ番組の出演中にこんなことを言った。「水を入れたプラスチック・ボトルを芝生に置いておくと、犬が近寄らなくなりますよ。野良犬のフンに困っている方は試してみてください」

思いつきで口走ったエイプリルフール・ジョークだった。なんの根拠もないアイデアだ。信じる人がいるとも思わなかった。しかしラジオを聴いていた大勢の人がこの方法を試し始めた。「犬よけボトル」は人から人へ伝わり、あっというまにニュージーランド全土に伝播した。

やがて海を越えてオーストラリアへ伝わり、間もなく日本にも上陸する。日本では猫よけペットボトルとして広まったことはご存じの通りだ。

このエピソードを日本で初めて紹介したのは私なのだが(2015年)、その後も調査を続けた結果、ニュージーランドよりさらに古い「ボトル置き」の記録を見つけてしまった。つまりニュージーランドは唯一の起源ではないのだ。

長くなるので詳細は省くが、少なくとも1970年代にはアメリカのカリフォルニア州で犬よけのための「ボトル置き」が実践されていた。当時使われていたのはガラス瓶(メイソンジャー)だ。それを裏付けるアメリカの地方新聞の記事も探し当てた。研究成果をいつかきちんとまとめたいと思っている。

犬よけ・猫よけペットボトルは世界中に広まっている。私が確認しているだけでも北米、中米、南米、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニア、インドなどに伝播、あるいは独自に発生していることが分かっている。

私は日本のペッ景(ペットボトルのある風景を略してこう呼んでいる)を2008年から撮影している。同時に世界の「ボトル置き」事情について調べてきた。

人類はこの数十年間、民族も言語も宗教も越えて、みんなで「ボトル置き」をおこなってきた。いずれこの俗信は私たちの記憶から消えてしまうだろう。すでに流行がすたれている国はたくさんあるし、日本でも一時に比べると少なくなってきており、道端に置かれているペットボトルの意味を知らない人が増えている。

「ボトル置き」の記憶が消えても誰も困らないと思うが、この些細で壮大なできごとを記録する人間が地球上に一人くらいいてもいいのではないかと思っている。これも、人類の思い出だ。

プロフィール

内海慶一

うつみ・けいいち|1972年生まれ。ライター、都市鑑賞者。ピクトさん、装飾テント、型板ガラス、シュロ、台、水路、ペットボトルのある風景など、身のまわりにある様々なモノ・風景を鑑賞し、写真や文章を発表している。活動テーマは「見たことあるのに見えてなかった」。

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【#1】猫よけペットボトルの起源

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