TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#3】いつでも帰って来れる、もう一つの場所
執筆:畳野彩加
2025年3月29日
大学を卒業した後、京都の『スマート珈琲店』という喫茶店でアルバイトを始めた。 4回生の夏に夢にも思っていなかったフジロックに出演できたことで、全く就活をしなくなってしまった私は、たまたまバンドも順調に活動の幅を広げていったので卒業後もしばらくはアルバイトをしながら音楽を続けることにしたのだった。こうやって当時の状況を文字にしただけでも胸がキリッとするような不安な状況だったと思うけど、当時の私は案外何とも思っていなくて、新しい生活やこれからの未来のことにワクワクしていた。
『スマート珈琲店』は寺町商店街にある老舗の喫茶店。お店は家族経営で、看板メニューのホットケーキやフレンチトースト、プリンや卵サンド、お昼には2階でハンバーグや海老フライ、オムライスなどの洋食も楽しむことができる、朝から行列ができる人気店だ。あまりにも大変そうな私の姿を見て、よくお店の人が優しく声をかけてくれたりした。そんな中、私にとっての最初の試練は常連のお客さんのことを覚えることだった。珈琲はきまってブラックの人、ミルクが2つ必要な人、珈琲の温度はなるべくぬるめが良い人、逆に熱めが好みの人。全部を覚えるのはなかなか大変な作業だったけど、お店の人たちにこっそり教えてもらったり、常連さんと会話をすることが増えていくと、自然と頭に入っていった。常連さんの中にはいつも私に明日の天気を教えてくれるおじいさんがいた。ほぼ毎日夕方に来て珈琲を飲みながら新聞を2部読むその常連さんは、来る度いつも笑顔でみんなに会釈をして、私が珈琲を運ぶと必ずなにか一言話かけてくれる人だった。
ある日、京都新聞の記事のなかでたまたま私の名前を見つけたらしく、バンドをやっている事を話すと、おじいさんがすごくキラキラした目で、昔どんな仕事をしてたのかをじっくり話してくれた。それから毎回バンドやライブの話をしたりして少しずつ会話が増えていった。目眩がしそうなくらい忙しい日でも、喫茶店の扉を開けるおじいさんの姿が見えると、時間がふと止まったように、夕方の街の匂いが漂ってくるような気がして、その後の小さな会話に何度も救われた。
働き始めて4年が経った頃、上京することが決まった。ある日、いつものように常連のおじいさんはいつも時間に来ていつもの珈琲を注文した。帰り際に東京にいくことになったことを伝えると、少しびっくりした様子で、そのあとすぐにいつもの笑顔で一言「頑張ってね」と言ってくれた。その時、急に京都を離れることを実感して泣きそうになったのを覚えている。
大学を卒業したてで何もわからなかった私を受け入れてくれて、本当の家族のように優しく厳しくしてくれた『スマート珈琲』の人たちのお陰で、決して楽ではない仕事も長く続けられた。
大人になるきっかけをなんとなく手放してしまったような気がしていたあの頃、『スマート珈琲店』での日々の中で私はやっと少し大人になれたのかも知れない。
プロフィール
畳野彩加
たたみの・あやか|Homecomingsのボーカル・ギターを担当。また、弾き語りでのソロライブや、様々なアーティストの楽曲にゲストボーカルとして参加するなど活動の幅を広げている。
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