TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】神保町ブック・ダイバーの思い出

執筆:加藤寛之(レコード店『Donato』店主)

2025年3月20日

初めて神保町に行った時のことは今でも覚えてる。小学5年生の冬ごろ。A6出口から出て岩波ビルの前で信号が変わるのを待った。集英社のネオン広告を見た時、自分の住んでる町とのあまりの景色の違いに何だかゲームの中の街みたいだなと思った。その時からずっと、東京で一番好きな街だ。

水道橋方面に向かって一つ目の路地を少し進むと右手に『ブック・ダイバー』が見えた。
『ブック・ダイバー』は2006〜2015年のあいだ営業していた古本屋で、店主の仙波さんとジュンちゃんは親の古い友達。

二人は僕が小さい頃からよく遊んでくれていて、まったく足の付かない沖の海まで連れて行かれたり、バイクの後ろに乗せてくれたり、そのままレインボーブリッジを物凄いスピードで渡ってくれたり、とにかく可愛がってくれた。中学2年生の頃に「”AKIRA”を読んでみたい」と電話したら一週間後には全巻セットを送ってくれた。僕が大学生になってからは、「一人でORIGINAL LOVEのライブを観に行くのは緊張する」というジュンちゃんに着いて行ってあげたりした。

お店の住所を教えてもらった時「神田神保町〇丁目〇〇ビル」と書いてあったので小学生の僕はさぞかし高層ビルに入った本屋を想像して行ったけど、実際は神保町によくある雑居ビルの一階店舗だった。こういう建物でもビルと名乗って良いんだなと思ったのを覚えてる。

ブック・ダイバーの入り口。

店の小上がりを跨いで入ると、中央にソファと横のテーブルには自由に飲めるお茶が置いてあった。店内にはずらっと本が並んでいて、安価な本もあったけど、上の棚には希少本的なものもあった。古本というものにこんな高い値段が付くのを知ったのも、何よりそれを売り買いして生活している人がいるのも、その時初めて知った。今となっては自分も同じ街で中古レコードを売り買いしているのだから、何だか不思議だ。

店内にはいくつか張り紙が貼ってあって、その一つに「探究者」と書いてあった。どういう意味? と仙波さんに聞いてみると「知識っていうのは海のようなもので、潜水するように深く潜り込まないと身につかないんだよ」と教えてくれた。当時小学生だった自分にとって本当に大きな啓示だったと思う。足が速いわけでも、特別勉強ができるわけでもない、自分が何となく何者でもないと気づき始めた頃、もしかしたらアイゼンティティというものを初めて意識した瞬間かもしれない。それ以降、広くて深い知識がある奴がこの世で一番カッコいいんだと決めつけることにした。その思い込みは今でも続いてる。
小さい頃の体験は強烈な引力を持っているなとつくづく思う。

最近は週に一回ほど仙波さんがブックダイバーの在庫やウェブショップに出したけど売れなかった本をリュックサックにぱんぱんに詰めて『Donato』に持ってきてくれる。なるべく高く買い取るようにしているけど、いつもこちらの提示した額に「うん、それでいいよ」とだけ言って売ってくれる。そのあと少し本の話をしたり、古本業界や昔の学生運動の話をしてくれたりする。とても好きな時間だ。この前、最近上映されたボブ・ディランの映画の話をしたら「ディランは俺の一個下」と言っててなんか笑ってしまった。フォーエバー・ヤング! いつまでも元気で。

プロフィール

加藤寛之

かとう・ひろゆき|1994年、神奈川県生まれ。2021年11月に御茶ノ水でジャズ喫茶『ドナート』をオープン。2024年11月には、洋食店『キッチン南海 神保町店』が入るビルの2階へ移転し、レコード店として営業を始める。好きなレーベルはデンマークの「STEEPLE CHASE」。

Instagram
https://www.instagram.com/donato_records/