TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】ヨセミテ国立公園とトム・フロスト

執筆:渋谷ゆり

2025年3月12日

 ヨセミテ国立公園の中にはいくつものキャンプ場があるが、その中でもクライマーのキャンプ場として有名なのが「Camp4」だ。アメリカのロッククライミングの発祥の地として知られていて、特に50〜60年代は黄金期として新しい技術や多くの歴史が刻まれた。Camp4は当時からクライマーのベースキャンプとして存在し、もしCamp4がなければ今のクライミングの歴史も少なからず変わっていただろう。

 そのCamp4が、90年代に3階建ての従業員の住居を作るという開発の的になり、危うくなくなってしまうかもしれない状態になった。そこで行動に出たのが黄金期のクライマーのひとりであるトム・フロストだった。自身の経験からベースキャンプがあることの大切さを知っている彼は、これからのクライマーのためにCamp4は残さなくてはいけないと、同じ考えに共感してくれた弁護士を雇い、国立公園を訴えることにしたのだった。結局何年も続いた裁判は、トムの希望通り、開発は中止するということでようやく終わりを迎えた。そして2003年にCamp4はクライミングの発祥地として国定史跡として登録されたのだった。

 トムが個人のお金を費やし、自分の利益のためではなく次の世代のクライマーのために残したものの大きさは計り知れない。それは彼がどれだけヨセミテとクライミングを大切にしていたかを語っているような気がする。

 さらに国立公園のキャンプ場は1年で合計30日までしか滞在できないという決まりがあるが、それに対してもトムは不満を持っていた。なにか大きなことを達成するのはその場所に長く滞在することが必要だというのが彼の考えだ。もっと自由に滞在できるように、なんとかしてヨセミテの公園内かその近くにクライマーキャンプを作るというアイデアをずっとあたためていた。いい土地がないかと真剣に探していたにも関わらず、結局それは実現することなく、2018年にトム・フロストは亡くなってしまった。

 トムの行動がなければ、私自身もCamp4の魅力を体験することはできなかったし、彼に出会うこともなかっただろう。今でもCamp4に行くたびに、ふと彼の存在を感じる瞬間がある。そしていつも口癖のように「何をしたかではでなく、どうやったかだよ」と言っていたのを思い出す。そしてそれは黄金期に築かれたヨセミテのクライミングのスタイルを表現する言葉でもあるような気がする。

プロフィール

渋谷ゆり

しぶや・ゆり|写真家。ニューヨークのスケーターからヨセミテのクライマーなどのコミュニティを写真で撮り続ける。4月12日から『The North Face Standard Kyoto』で個展を開催予定。

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Instagram
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ポートレート集『Ten Years After』、『For A Moment』はこちらから↓
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