カルチャー

「エフェメラ」を探して。Vol.3【前編】

『SKWAT KAMEARI ART CENTRE』編

photo: Hiroshi Nakamura
text: Ryoma Uchida
edit: Kouske Ide
cooperation: Yu Kokubu

2025年1月22日

貴重なエフェメラにいつでも出会える展示空間へ。

 エフェメラとは、チラシ、ハガキ、パンフレット、書類など、後世に残すことを想定されずに制作された一過性の品のこと。美術においては、展覧会のポスター、作家やギャラリーによるインビテーションカードなどが存在する。かつての印刷機やインクが生む独特の風合い、時流を超えたアートワークもみどころであるほか、作家や美術業界の情報を読み取る資料としての価値も見出され、近年はエフェメラにまつわる展覧会も開催されるなど、その人気や認知も少しずつ広まってきている。

 そんなエフェメラに誰よりも早く価値を見出し蒐集してきたのが、2014年に閉館した山梨の個人美術館『清里現代美術館』館長の故・伊藤信吾氏だ。ヨーゼフ・ボイスやアーノルフ・ライナー、マルセル・デュシャン、アンディー・ウォーホル、フルクサスなど現代美術にまつわるマニアックかつ多岐に渡る素晴らしいコレクションを揃えた館は2014年に惜しまれつつも閉館した。その後、他の美術館に寄付された所蔵品を除いても、膨大な量のエフェメラや書籍などが手元に遺った。オンラインショップ『telescope』では、元・スタッフの廣瀬友子さんがその意志を引き継ぎ、次世代に残すべく所蔵品を整理・販売している。その詳細と現在に至るまでの経緯は以下のリンクから。

 オンライン上を中心に活動してきた『telescope』だが、この度、東京・亀有駅近くに新たにオープンした芸術文化センター『SKWAT KAMEARI ART CENTRE』でその所蔵品の一部が公開された。

 昨年11月、JR常磐線亀有駅~綾瀬駅間の高架下にオープンした『SKWAT KAMEARI ART CENTRE』(以下、SKAC)は、2023年の7月で南青山での営業を終了したプロジェクト『SKWAT』を元に新設されたスペースだ。活動を主催する設計事務所『DAIKEI MILLS/ダイケイミルズ』はもちろん、レコードショップ『Vinyl Delivery Service』の日本初店舗、アートブックを扱う『twelvebooks』、隣接スペースにカフェ『TAWKS』など様々な店舗や活動が入り混じる空間となっている。

 高架下の巨大空間。入り口から広がるのは『twelvebooks』が仕入れているアートブックの販売在庫で、通路いっぱいに敷き詰められた本たちに圧倒される。『telescope』による展示空間もこの中に。アンディ・ウォーホル(1959)やアンドレアス・シュルツェ(1989)のインビテーションなど、貴重なエフェメラをはじめ、膨大な所蔵品から厳選した品々が展示されていた。

アンディ・ウォーホル(1959)やアンドレアス・シュルツェ(1989)のインビテーション。随時展示替え予定。

『清里現代美術館』で用いていた什器なども移設。こちらは常設展示室「ボイス・ルーム」にて使用されていた什器だ。置いてあるのはアーカイブブック第一弾「KIYOSATO MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. ARCHIVE I: EPHEMERA」。第二弾のフルクサス編も今年2月10日に出版予定。

Vol.2で紹介した『清里現代美術館』のかつての所蔵庫を思わせる展示風景。

こちらの棚も『清里現代美術館』にあったもの。まだまだ遺されたコレクションや資料類がたくさんある。

 そもそも宣伝・告知のためのメディアであるエフェメラ類は展示を意図して制作された作品ではないため、一般的な額装ではその魅力を十分に伝えきれないケースも少なくない。そこで今回、新たに制作されたのが「エフェメラ専用什器」だ。

 家具デザイナーの安川流加さん、『tata bookshop/gallery』の石崎孝多さんの協力のもと開発したこの什器は、エフェメラをアクリルで挟み、スライド式で簡単に出し入れ可能にしたことで、サイズが一定でないことや表裏のデザインが同時に見づらいという問題点を解消し、より鑑賞しやすくなった。また家庭でもエフェメラを飾って楽しめるようにと、小型の什器システム「ephemera loom」も開発。こちらは現在、予約受付中だ。

スライドや入れ替え可能な「エフェメラ専用什器」。

家具デザイナー、安川流加さんによる「ephemera loom」。現在『telescope』公式サイトにて初回受注20台限定で予約受付中

 展示と言っても、各エフェメラについての解説キャプションなどはあえて用意していないという。「文字情報ばかり追ってしまうことで見過ごしてしまうものもある。鑑賞者それぞれの体験も大事にしたいんです。」(廣瀬)

エフェメラに魅せられて。

 『telescope』の展示空間を用意し、自身もSKAC内で『twelvebooks』を運営する濱中敦史さんは、そんなエフェメラに魅了された一人である。

「私も元々は利用客の一人でした。仕事ではなく、個人として買い物をさせてもらっていて。当時は『清里現代美術館』についても存じ上げず、ただただ、凄いコレクションのサイトがあるなと興味津々だったんです。それと、商品の詳細に書かれていた、店主の廣瀬さんによる思い出話や一言コメントを読むことがとても楽しかったんですよね」(濱中)

 2021年、京都の『SKWAT HERTZ 3F (京都経済クラブ跡地)』でヨーゼフ・ボイスの資料約400点を公開し、かつて「清里現代美術館」内に存在した『ボイス・ルーム』の再現・展示を行ったことをきっかけに、2023年にはアーカイブブック『KIYOSATO MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. ARCHIVE I: EPHEMERA』の出版へと繋がった。

「その時期、廣瀬さんがコツコツやられていた『telescope』での活動や『清里現代美術館』に興味関心をもった人たちが、何か一緒にできないかと集まり始めていました。そんな有志たちで、アーカイブブックの制作も進んでいきましたね」(濱中)

『KIYOSATO MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. ARCHIVE I: EPHEMERA』

「私としては、『SKWAT/twelvebooks』で活動する上で“倉庫”についての可能性を考えていたので、自分の倉庫でありながら展示やイベント、ライブができる空間や、誰か他の人の倉庫みたいな空間があってもいいなと思っていました。単なるポップアップスペースではなくて、自分以外の人たちが関わりながらも、同じような目的を持って保存・保管していく場所ですね。今回のエフェメラのアーカイブプロジェクトにしても、この場所に半永久的に設置することで、数日の展示のためだけに短期で消費されてしまうのではく、企画自体もサスティナブルなものに、より多くの人に触れてもらいたいという思いがあったんです。でも何より、自分もエフェメラが好きなので、定期的に見られる場所にあるのが嬉しいです」(濱中)

 エフェメラに対する、廣瀬さんと濱中さんのピュアな思いが一つの展示空間として結実した。エフェメラとは「一過性の」ものを指す言葉であるが、展示では半永久的に『清里現代美術館』のアーカイブに触れられるようになっている。より多くの人にその価値が届く準備はできているのだ。