カルチャー

雅楽からアニソンまで未知の組み合わせ。サウジアラビアのオーケストラを東京で体感。

サウジアラビア国立オーケストラ&合唱団による『Marvels of Saudi Orchestra』東京公演に行ってきた!

2025年1月19日

text: Ryoma Uchida

 日本から西へ約8700キロメートル。アラビア半島のおよそ80パーセントを占める国、サウジアラビア王国。距離は遠くても、サウジアラビアと日本は、エネルギー分野を中心に長きにわたって友好関係を築いてきているのは周知の通り。今年は両国の外交関係樹立70周年ともあって、さまざまな交流やイベントが予定されているのだ。

 そんな記念すべき周年の始まりの「音」が鳴ったのは昨年11月22日。初台の『東京オペラシティ』でサウジアラビア国立オーケストラ&合唱団による公演が開催された。

 その名も「マーヴェルス・オブ・サウジ・オーケストラ(Marvels of Saudi Orchestra)」。世界の舞台におけるサウジアラビア芸術の存在感を高めることを目指してサウジ文化省の委員会のひとつ「サウジ音楽委員会」が取り組む一大プロジェクトだ。

 サウジアラビアのオーケストラと聞いてピンとこない人も多いかもしれないけれど、それもそのはず。近年まで同国では、歌やダンスをはじめ、芸能などの芸術活動や文化的事業が制限されており、サウジアラビア国内に外国文化が紹介されることも少なかったのだとか。だからこそこの取り組みは、ある意味で大事件。

 2019年の結成から5年の歳月を経て、世界ツアーの旅に出た「マーヴェルス・オブ・サウジ・オーケストラ」。パリ、メキシコシティ、ニューヨーク、ロンドンを巡り、アジアで唯一の公演地に選ばれたのがここ日本、東京なのである。

「日本は大切な場所です」

 そう答えるのは「サウジ音楽委員会」の最高顧問を務めるポール・パシフィコ氏。POPEYEのインタビューにも気さくに対応してくれた。

「東京は世界的な首都の一つですね。そんな場所で、経済や政治だけでなく、文化的な繋がりをお祝いするようなイベントをしたかったんです。日本とサウジでは、伝統と革新性のどちらにもリスペクトしていく姿勢が共通していると思います。そしてそんな日本のオーディエンスに対して、このサウジアラビアの伝統や文化をまず知ってもらいたかったんです。

サウジアラビアの音楽シーンでは、ヘビーメタルやジャズ、EDMなども盛り上がり、多様な活動があるんです。今回を機にサウジの多様な文化にも興味を持ってもらえたら。きっとPOPEYEの読者の方々とも通じるところがあるかもしれません! 私は音楽が人々や概念を繋ぐパワフルな側面を信じているんです」

ポール・パシフィコ氏(左)。公演にゲスト出演した布袋寅泰氏(右)。実は10年来の仲だそう。

 ポール氏はイギリス出身。だからこそサウジ国内の文化への問題意識があったとか。

「私自身は子供の頃にイギリスにいて、音楽や舞台など文化的なものが当たり前にあると思っていたんです。ただ、サウジの若者にとってはそうではありませんでした。国が急速に変革しているこの時期だからこそ、いろんな価値観や文化的な要素を目にして、体験することで、彼ら自身の心にもいろんな変化が生じているはずですし、彼ら自身が今後新たな物語を作っていくことができるのではないかと考えています。人を繋げ、ひとつにする。互いに体系を共有できる。そんな文化の力が積み重なって、ようやく社会的な、文化的な変革が起きると思うのです。私はそんな文化の側面を愛していますし、今後も大事にしていきたいところだと思います。

ですから、今回のもう1つの目的としては、本国サウジアラビアでテレビで見ている方々に向けて、サウジの音楽は世界の舞台でも素晴らしい活躍をしているんだと鼓舞し、そして楽しんでもらうことでもあるんです」

ホールに広がる雅楽の舞台も、新鮮な印象で興味深い。

東京音楽大学オーケストラアカデミーとのコラボレーション。オーケストラの迫力に圧倒!

布袋寅泰氏もあのギターと共に登場(!)し、大歓声。

 人口の70%以上が35歳以下で、若いエネルギーが溢れるサウジアラビア。そんな場から出発して、文化のもつ力の意味を信じ、未来を紡ぐ一歩として開催された本公演。当日は3部構成で開催された。

 はじまりは雅楽演奏から。舞台上を舞う荘厳で優雅な演舞「陵王」だ。緊張感ある龍笛と太鼓の音、舞と音色の重なりが盛り上がりをみせ、1000年以上受け継がれてきた日本の伝統芸能の面白さを改めて実感。続くサウジ・オーケストラおよび国立合唱団によるパフォーマンスも伝統音楽にはじまる。琴にもみえる台形の弦楽器「カーヌーン」、洋梨に似た形状の弦楽器「ウード」など日本では珍しい楽器が用いられ、トラディショナルな魅力ある音が奏でられた。「アル・ハワ・アルガイブ」、「ワルダク・ヤ・ザール・アル・ワ」など伝統の曲たちが披露され、合唱団の歌声や独特の旋律に、文化の歴史を味わえる。その後は「アニメ・メドレー」として、サウジアラビアでも馴染みのある日本のアニメソングを元にしたメドレーが展開。「名探偵コナン」「キャプテン翼」など、サウジの人々のリズム感やメロディーの特徴、日本文化がどのように受容されているかを体感しながら理解できて楽しかった。

 公演を締めくくるのは東京音楽大学オーケストラアカデミーとのコラボレーションだ。両国の伝統を理解した上で堪能する異文化のハーモニーは感慨深い。「マーヴェルス・オブ・サウジ・オーケストラ」は、まだ結成数年であるにもかかわらず、単なるクラシックの演奏にとどまらず伝統的な曲からポピュラーミュージックまで、アラブ独自の旋律を管弦楽の形式に昇華させていることに驚きだ。国の距離も、音楽文化が形成されてきた時間の長さも超えて作り上げられた、新たな文化の萌芽。会場は大いに盛り上がった。

「コラボレーションは音楽を聴く人だけでなく、演奏する側の人々、スタッフたちにも交流が生まれるんです。大変なことや苦労する面もありますが、文化の違いを乗り越え連携し協働し、友達になる。異なる個性が一緒になったときに生まれる化学反応に、面白さがあるんです」

 ポール氏はそう語る。人々の希望や期待、独自の文化・伝統を大切にしつつも、新たに創造していこうとするサウジの人々のエネルギーが、国境を越えて交歓し、鳴り響いた会場。今後も様々な場で演奏やイベントの開催を考えているそう。サウジ・カルチャーのますますの発展を見逃せない!