TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】二重スリット実験を解説。

執筆:野村泰紀

2024年8月28日

 今回は、量子力学の奇妙な性質を最もあらわにする「二重スリット実験」と呼ばれる実験について話していこうと思います。

 実験は以下のようにして行います。まず、2つのスリット(細長い穴)の開いた板を用意して、そこに向けて電子を撃っていきます。そして、このスリットが二つ開いた板(二重スリット)の後ろには、電子が来たらその場所が光るスクリーンを置いておきます。この状況で、電子を一つずつ撃っていき、その都度スクリーンのどこが光ったかを記録していって、その分布を調べるという実験です。

 まず、スリットの一方、たとえば下側のスリットにふたをして、この実験をしてみます。この場合、電子が板を通過できるのは上側のスリットを通ったときだけですから、当然スクリーン上の分布は電子を撃つ電子銃と上側のスリットを結んだ直線上にピークした分布になります。同様に、上側のスリットにふたをして実験をした場合、分布は電子銃と下側のスリットを結んだ直線上にピークしたものになります。ここには何の不思議もありません。

 では、今度はふたを取り、スリットが両方とも開いた状態で実験したらどうなるでしょうか?普通に考えれば、電子が上のスリットを通ったときには上側に行き、下のスリットを通ったときには下側に行くのだから、スクリーン上に到着する電子の分布は、上側と下側に2つのピークを持ったものになると考えられます。しかし、実際の分布は、電子がたくさん来るところと全く来ないところが交互にあらわれる「縞模様」のようになるのです!

 このような縞模様は干渉縞と呼ばれ、水面の波のように、2つのスリットを同時に両方通ったものが再び出会ったときに起こることが知られています(もちろん水面の波の場合は2つのスリットは水平に離しておきます)。具体的には、1つのスリットを通った波ともう1つのスリットを通った波の山谷が一致する点では波は増幅されて大きな波となり、山と谷が反対になる点では2つの波が打ち消し合って波は消えてしまいます。そしてこの結果、2重スリットの後ろのスクリーン上では、波の振幅の大きい地点と小さい地点が交互に現れることになるのです。

 しかし、電子の2重スリット実験の場合には、電子は一発ずつ撃っているのです。すなわち、一つの電子を撃ってそれがスクリーンに達した後に、(何なら十分に時間を置いた後で)次の電子を撃っているのです。そして、電子というのは「基本的な粒子」であり、2つに割ることはできません。これは、電子を一発撃った時にスクリーンに現れる点が、常に一つであることからも確認できます。

 つまり、この実験結果は、一つの電子が上のスリットと下のスリットを同時に通り、その二つの可能性が2重スリットの後ろでもう一度出会って干渉していると考えざるを得ないことを示唆しているのです。実際、この干渉縞の分布は、一つの電子が「確率的な波」として同時に上のスリットと下のスリットを通過していると考えると、その詳細なパターンも含め完全に説明できます。一方で、スクリーン上で観測された電子には広がりはなく、常につぶ(粒子)として観測されることも事実なのです。

 このように、電子は「粒子と波の二重性」を示すことが実験的に分かります。そして、このような二重性を数学的に正確に記述する理論が量子力学なのです。さらには、この量子力学の式によれば、この2重スリットの実験結果は、電子が上のスリットを通った世界と下のスリットを通った世界が「並行世界」(パラレルワールド)として同時に存在し、スクリーン上の縞模様はその並行世界がお互いに干渉することによって現れると解釈することができるのです。

 ちなみに、この粒子と波の二重性は電子だけでなく、私たちの世界にある全てのものが持っています。たとえば、私たちが原子を粒子と認識し、光を波と認識するのは、それぞれ粒子と波の性質が顕著になる領域で観測をしているからにすぎません。

 最後に、一つの電子が同時に2つのスリットを通ったなどとは信じられない人が、2重スリットの後ろに光源を置いて、その光が上下どちらで散乱されるかで電子がどちらのスリットを通ったか確認できるようにして実験したらどうなるか見てみましょう。

 この場合、光が上で散乱された、つまり電子が上のスリットを通った場合の電子のスクリーン上での分布は上側にピークし、光が下で散乱された、つまり電子が下のスリットを通った場合の分布は下側にピークします。つまり、2重スリットの後ろに光源を置いて電子がどちらのスリットを通ったかが確認できる状態にした途端、干渉縞は消えてしまうことになります(ちなみに干渉縞が消えるためには、電子がどちらのスリットを通ったか実際に人間が確認する必要はありません。どちらを通ったかが原理的に分かるようにした途端、干渉縞はなくなります)。

 このように、量子力学では電子が異なる軌跡をとるような並行世界が存在すると考えなければ説明できない現象が起こります。そして、私たちも電子や陽子などの「素粒子」でできている以上、私たちの状態─すなわち見た目や考えていることなど─や世界のその他のことに関しても、異なる並行世界が存在すると考える方が自然だということになるのです。

 最終回となる次回では、これら「並行世界」を実際にテクノロジーとして利用する試み、特に量子コンピューターと呼ばれる技術、について解説していこうと思います。

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野村泰紀

のむら・やすのり|物理学者。1974年神奈川県生まれ。理学博士取得後渡米し、現在はカリフォルニア大学バークレー校教授。直近の著書に、YouTubeチャンネル『ReHacQ─リハック─』での配信を元にして書籍化した著書『なぜ重力は存在するのか 世界の「解像度」を上げる物理学超入門』がある。

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