ライフスタイル

【#3】されこうべは笑う

執筆: 田辺夕子

2023年8月26日

illustration: Reiko Tada(portrait)
text: Yuko Tanabe
edit: Yukako Kazuno

ある会合で、『安藤七宝店』の安藤重幸社長の隣の席になった。
安藤さんにはたいへんお世話になっているが、年齢が近いこともあり、銀座に数多くある団体関係の懇親会などで席が一緒になるとだいぶ盛り上がる。やあやあ久しぶり、とビールの杯を合わせた。

『安藤七宝店』は名古屋に本店を構える尾張七宝の老舗で、現当主の安藤さんも自社オリジナルデザインのカフスやピンバッジ、ネクタイピンなど、七宝の小物をさりげなくファッションに取り入れている。いつか、袖口からちらっと真っ赤なバラのカフスからのぞいていた。ダークカラーのスーツスタイルだからこそ、ちょっとだけよの華やかさが効果的だな、と感心した覚えがある。

この日も自然と安藤さんのジャケットのピンバッジに目が行った……と、そこにいたのはドクロ。しかも、ものすごくカラフル。「あ! メキシコのあれじゃん!」
メキシコでは11月に、国を挙げてのお祭り、「死者の日」が催される。死者の魂がこの世に戻ってくることを喜ぶ祝祭だからして、死者の象徴であるドクロを華やかにペイントしたり、マリーゴールドの花で飾ったモチーフが街にあふれ、ドクロに扮してのパレードも行われるという。そんな底抜けに明るいメキシコのドクロが七宝焼となり、安藤さんのジャケットの襟でかかか、と笑っていて、わたしの反応を見たご本人も同じ顔で笑っていた。

安藤さんをはじめ、伝統工芸の暖簾を受け継いだ若き店主たちは、歴史と現代性の両立という難しい課題と向き合うことになる。七宝という芸術性の高い工芸の世界で、表現されてきたのは桜や富士山など自然の風物や、ひな祭りや七夕などの季節の行事が多い。その中で、“今の自分がほしいと思うもの”を考え、職人とともにつくりだしてきた安藤さんの最新作が、ドクロだった。一目見るなりほしくなり、翌日さっそく銀座のお店へ向かう。あるったけのドクロから、一つを自分用に、もう一つはドクロコレクターの山田五郎さんに。二つを選んだ。

「安藤社長、新築する部屋用に飾るために額入りの大きなドクロもつくっているらしいですよ。しかも二つも……。」店員さんからとっておき情報もあわせて入手した。
おでこにはハート、目の周りは花でふちどられたカラフルドクロ、服やバッグ、いろんなところにつけてみると、なんか楽しくなる。続いて、ピンバッジより大きめのブローチも出たと聞けばまた店に走り、こちらは特別な金具を通して着物の帯留にして、また新たな楽しみを得る。これにてドクロ納めかと思いきや、しばらく経って安藤社長からメールが届いた。

「メキシカンスカルが好評なので、二匹目のドジョウを狙ってグレードアップしたピンバッジを制作中です。」なんでも、専門の鋳型をつくるところから制作を始めたという。続いて送られてきた画像を見ると、今までの原色ラテンなガイコツとは違い、金のふちどりに白い肌(?)、パステルカラーの花でふちどられた愛らしい乙女ガイコツ。ほしい……! だけど、すでにピンバッジもブローチもあるし……と画像を眺めていて、ふと思いついてメールを打つ。

安藤七宝店のドクロ

わたし「これって、ピアスになりませんか? ピンバッジの針を生かして。」
安藤社長「え⁉︎ けっこうでかいからインパクトあるけど大丈夫? それに一個28,000円だから、ピアスにするなら倍するよ?」
お財布的にはまるで大丈夫じゃない。だけどもう自分の脳内でナイスアイディアになってしまった。「日本の伝統工芸の発展のために買いますから‼︎」と悲痛な返信を送った。

三ヵ月後、乙女のドクロピアスはやってきた。安藤社長からのメッセージには、「頭の花は七宝でよく使われる“四君子”というおめでたいモチーフだから、そこのアピールもよろしくね」とある。約束をこの欄で果たせて、ちょっと安心している。

プロフィール

田辺夕子

たなべ・ゆうこ | 協同組合銀座百店会が刊行する、1955年創刊の月刊誌『銀座百点』の11代目編集長。