カルチャー
Twitterこそ“クライムズ・オブ・ザ・フューチャー”なのかもしれません(笑)
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』のデヴィッド・クローネンバーグ監督にインタビュー!
2023年8月18日
『ビデオドローム』や『ザ・フライ』を始め、奇想天外な物語を通して、肉体について思考を深めてきた鬼才、デヴィッド・クローネンバーグ。新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は、そんな彼の肉体の哲学をさらに深く追求したSF映画だ。舞台は人類が痛みを感じなくなった近未来。”加速進化症候群”のソールは、パートナーのカプリースとともに、体内で勝手に生まれる新たな臓器を手術で取り出すというアートパフォーマンスで人気を博していた。そんなある日、ソールは肉体の中の美を競う“内なる美コンテスト”に出場することに……と書いてはみたものの、他にもプラスチックを消化できる子供が登場したり、物語は難解極まりない。本作に込められた思いを、クローネンバーグ監督に聞いた。
ーー本作はいくつもの奇妙なエピソードが絡み合うように展開します。どのアイデアをまず思いついて、現在の形に結実したのでしょうか。
1988年に撮った『戦慄の絆』の中で、主人公のエリオットが「肉体の内部を競い合う”インナービューティーコンテスト”がなぜないのか?」というような台詞を口にしているのですが、それをそのままやっちゃおうというのが、本作の原点です。そこに、肉体が自ら勝手に新しい臓器を生み出すという要素を加えて、どんどん話が展開していきました。
ーー近年、映画やドラマシリーズにおいて、ディストピアを描くことを通して現代社会が抱える問題をあぶり出すようなSF作品が流行っています。本作もまた荒廃した近未来が舞台ではありますが、これもまたディストピアSFなのでしょうか。つまり、監督自身にとって本作で描かれる世界は、ディストピアなのかユートピアなのか教えてください。
確かに、本作に登場する都市は退廃しているので、ディストピアと言えるでしょう。ですが、これは私のやりがちなズルなんですが、本作は近未来を舞台にしながら、あえて世情を描いていません。要するに、どんな政府が社会を仕切っているのか、あるいは洋の東西はどう絡み合っているのかにまったく触れてないのです。だから、なぜディストピア化したのかわからない。さまざまな機械が問題なく作動しているので、おそらく電力はあるんでしょう。しかし、それがどう作られているのかという技術に関して、私は昔からあまり興味がないんです。そういう点は都合よく無視することで、私が興味のあるもの、つまり肉体にフォーカスしたのが本作と言えるかもしれません。まぁ、肉体への興味は初期の頃からずっとあるものだし、映像作家であれば多かれ少なかれ肉体に取り憑かれているものだと私は思いますが、それはともかく、今言ったようなことが、私のSFに対するアプローチです。少なくとも、世の中を見回して、その延長線上にどういう未来が想像しうるのかを思考するという手法は、私には取れないんです。
ーー確かに、多くのディストピアSFが腐敗した権力サイドを批判的に描くのに対し、本作ではその外側で活動するアーティストやアウトローにこそ着目していますよね。
アーティストと言えども、真空の中で自分の芸術を生み出しているわけではありません。必ずそこには何らかの社会的な文脈がある。しかし同時に、そこから自由に離脱して、自分の想像力の働くままに活動する必要もある。その自由と不自由の狭間でうまくバランスをとって活動するのが、アーティストなんじゃないでしょうか。例えば旧ソ連のような抑圧的な管理社会においては、そのバランスをどう取るかが死活問題であり、少しでも見誤れば国外追放や投獄をされかねなかったわけです。そうやってアーティストは常に危険に対処しながら活動するわけで、そのバランスについては本作でも描いているつもりです。つまり、社会のスタンダードとされるものがあり、その中で禁忌とされているもの、 隠されているものがある中、アーティストたちがいかに活動しているかという苦労を描いた作品でもあるんです。
抑圧に関して付け加えておくと、この脚本を書いた90年代後半には想像もしなかった新しい抑圧が今の社会には出現していますよね。それはTwitterであり、それがもたらすキャンセルカルチャーに他なりません。映画界について言えば、何か誤ったことを言ってしまったがために、職を失ったり、オーディエンスに拒否されるクリエイターがいますが、これぞまさに新しい抑圧でしょう。これをテーマにした映画を作ってもいいくらい、奇妙であると同時に面白い現象だなと思いながら眺めています。まぁ、作り手として私が適任かはわかりませんが。あえて言うなら、Twitterこそ”クライムズ・オブ・ザ・フューチャー”なのかもしれません(笑)
ーーなるほど(笑)。最後にひとつだけ聞かせてください。本作には「アートと痛みは関係がある」という台詞が登場します。監督自身もこの意見には賛成なのでしょうか?
自分の芸術と真剣に向き合っているなら、それを生み出すという行為には、否応なしに痛みが伴うものだと思います。それは必ずしも肉体的な痛みとは限りません。精神的な痛みの場合もあるでしょう。その意味で、芸術と痛みは切っても切れない関係だと私は思います。
インフォメーション
クライムズ・オブ・ザ・フューチャー
そう遠くない未来。人工的な環境に適応するため進化し続けた人類は、その結果として生物学的構造が変容し、痛みの感覚が消え去った。体内で新たな臓器が生み出される加速進化症候群という病を抱えたアーティストのソールは、パートナーのカプリースとともに、臓器にタトゥーを施して摘出するというショーで、大きな注目と人気を集めていた。その一方、人類の誤った進化と暴走を監視する政府は、臓器登録所を設立し、ソールは政府から強い関心を持たれる存在となっている。そんな彼のもとに、生前プラスチックを食べていたという遺体が持ち込まれる。8月18日(金)より新宿バルト9ほか全国公開。
© 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A.
プロフィール
デヴィッド・クローネンバーグ
1943年、カナダ・トロント出身。幾つかの短編映画・TV作品を制作したのち、『シーバース/人喰い生物の島』で劇場映画デビュー。その他の作品に、『スキャナーズ』『ビデオドローム』『ザ・フライ』『クラッシュ』『ヒストリー・オブ・バイオレンス』など。国際映画祭での受賞歴も数多い。
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