ライフスタイル

馬だけが暮らす島|ユルリ島のこと Vol.1

2022年2月5日

photo & text: Atsushi Okada

深い霧に包まれた草原を、馬を探して歩く。

舗装された道も、人が住む家もない。可憐な野の花が海風に揺れる無人の草原が、ただ目の前に広がっている。

どこか遠い異国の話でも、小説の中の架空の物語でもない。北海道の東の果ての海に浮かぶ、“ユルリ”という名をもつ小さな無人島の話だ。周囲8キロに満たない海霧に包まれた幻の島。その島を覆う草原のどこかで、ただ馬だけが静かに暮らしている……。

北海道根室半島沖に浮かぶユルリ島。アイヌ語で“鵜のいる島”という意味をもつこの島に、写真家の僕が出会ったのは10年以上前のことだ。

いまでこそ「ユルリ島」と検索すれば、インターネット上にたくさんの情報が溢れているが、当時のユルリ島は、日本に点在する名もなき無人島のひとつにすぎなかった。検索してわかることといえば、島の位置と、“野生化した馬がいる”ということぐらいで、写真や映像はでてこない。なぜなら、それは立ち入りが厳しく制限された、辺境の海に浮かぶ無人島であったからである。

霧に包まれたユルリ。北海道出身の写真家の僕ですら知らなかったその島に、2年近くにわたる交渉を経て上陸することができたのは、2011年の夏の終わりだった。

僕は漁師に船を頼み、小さな昆布船に乗って、境界のむこう側にあるその島を目指した。そしてそこで目にしたものは、霞をはむように自由に生きている馬の姿だった。

東京からユルリ島に通い、10年以上が経つ。僕は幾度となくこの島の草原を彷徨い、島のどこかにいる馬の群れを探した。空を遮る山も、大地を隔てる川もないこの島で、自分が島のどこに立っているのかを教えてくれるのは、島にただひとつだけある建造物、緩島灯台(ゆるりとうとうだい)だけだった。その灯台の光だけが、道なきこの島を歩く僕の指標となり、草原の海を照らし、帰る場所を教えてくれた。

いま、この瞬間、馬が島のどこにいるのかを確かめるすべはない。

だから僕は、ときどき不安に思う。馬だけが暮らす北辺の海に浮かぶ小さな無人島、それは僕が心の中に描きだした幻想だったのではないかと……。そして、島に佇む灯台の光だけが、本当のことを知っている。

ユルリ島ウェブサイト
写真・映像:岡田敦
文章:星野智之(⻘い星通信社)
デザイン:鈴木孝尚
音楽:haruka nakamura
企画制作:岡田敦写真事務所
運営:根室・落石地区と幻の島ユルリを考える会

プロフィール

岡田敦

おかだ・あつし|写真家。北海道生まれ。東京工芸大学大学院芸術学研究科博士後期課程にて博士号(芸術学)取得。“写真界の芥川賞”とも称される木村伊兵衛写真賞のほか、北海道文化奨励賞、東川賞特別作家賞などを受賞。作品は北海道立近代美術館、川崎市市民ミュージアム、東川町文化ギャラリーなどにパブリックコレクションされている。

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