カルチャー

どうしてクリストファー・ノーランが好きなんだろう? Vol.3

知られざる武勇伝。

2025年11月22日

僕たちの好きな21世紀の映画 グレイテスト・ヒッツ。


illustration: Masatoo Hirano
text: Ryota Mukai
2025年12月 944号初出

映画作りにおいては何事も徹底して臨むノーラン。尖ったエピソードがいろいろあって。天才と変人は紙一重というけれど、まさにこの言葉が当てはまると思う。

爆破するためにジャンボジェットを購入。リアリティの追求、そこまでやるか!?

 本物志向のノーランなので、大抵のものは実際に作り、それを使って撮影している。ダークナイトトリロジーに登場するガジェットもノーラン宅のガレージでDIY。シリーズのなかでも見応えがある『ダークナイト』のカーチェイスシーンももちろんロケ。だだっ広い場所でリハを終えたあと、「じゃあ街中で撮ろう」と言い放ったノーランに、「CG使わないの?」と周りが確認したほどだった。『インターステラー』といえば、五次元空間をセットで作ったというのが有名だけど、実は主人公クーパーが営むとうもろこし畑もいちから耕したもの。栽培に適さない土地で作ったから、焼け畑のシーンでとうもろこしがよく燃えたとか。極め付きは『テネット』だろう。逆行シーンの多くを逆再生の演技を付けて撮影したほどのこだわりよう。さらに、空港に突っ込み、爆破させたジャンボジェットは、このためだけに買ったもの。CGよりも効率的、というが……そこまでやるか!?

コダック社の存亡をかけて立ち上がる。

『フォロウィング』から一貫してフィルム撮影にこだわり続けるノーラン。『オッペンハイマー』ではフィルムを特注し、史上初のIMAXモノクロ・アナログ撮影を実現。『オデュッセイア』では商業映画史上初となる全編IMAXフィルムに挑むなど、フィルム技術の最前線を切り拓いている。その映画撮影用フィルムを製造しているのは、今や世界でコダック社のみ。2012年に経営破綻の危機に陥った際には、ノーランをはじめとするフィルムラバーが立ち上がり、ハリウッドのスタジオとコダックとの間にフィルム供給契約を取り付けた。その結果、映画用フィルムの生産は継続され、ノーラン作品を支え続けている。

スタジオ幹部を自宅に呼び出す。

徹底した秘密主義で知られるノーラン。『インターステラー』なら「Flora’s Letter」といった具合に、仮タイトルで進めたり。『ダンケルク』では流出を防ぐため、脚本を読むことができたのは600人以上の関係者のうち約20人だけだったり。しかも持ち主の名前が透かし文字で印刷されていて、紛失すれば誰の脚本か突き止められるようにしたほどの徹底ぶり。その姿勢はビッグスタジオ相手でも変わらない。ワーナー・ブラザース向けの『バットマン ビギンズ』の試写会はなんとノーラン宅で。幹部を家まで呼び出したのだ。それは当時映画会社で脚本流出のトラブルがあったから。自身の作品を守る、フィルムメーカーの鑑ともいえよう。

巨大な氷河を味方につける。

ノーランは筋金入りの悲観主義者でもある。それゆえ、常に最悪の事態を想定して計画を立てる。とりわけロケの天候に関しては意識的。例えば、ノーランにとって雪が降るのを待つ時間は最悪だ。その点、氷河はいつでも存在しているし、たとえ雪が降ってなくても冬のシーンが撮影できる。そういえば、たしかにノーラン映画に氷河は出てきがち。『インセプション』にも雪山のシーンがあったし、『インソムニア』のオープニングで映る氷柱も印象的だ。ちなみに『インターステラー』の氷の惑星と『バットマン ビギンズ』序盤の訓練シーンは同じロケ地。アイスランドのスヴィナフェルスヨークトルという氷河なんだって。

初対面のマイケル・ケイン宅に突撃!

エマ・トーマスをして、彼のいないノーラン映画はありえないと言わしめる、俳優マイケル・ケイン。『バットマン ビギンズ』から、俳優引退直前の『テネット』まで全ノーラン作品に出演した。出会いはケイン宅。金髪青眼の青年を配達員と間違えたというほど、突然の訪問だった。ノーランは『バットマン ビギンズ』の脚本をケインに押し付けると紅茶を飲みながら過ごし、彼が読み終えるときっちり脚本を持って帰宅。以来、長年の付き合いになったノーランを、ケインはこう評している。「大金を稼いでも、以前と同じ生活を送っている。いつでもロングコートのポケットに紅茶用ボトルを突っ込んで、一日中飲んでいるんだ」

参考文献:『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』(トム・ショーン/著、山崎詩郎、神武団四郎/監修、富原まさ江/訳)、その他各作品パンフレット