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はじめてのパックラフト体験記。【前編】

長瀞で遊ぶ。

photo: Masaru Tatsuki
text: Ryoma Uchida

2025年6月6日

長瀞の「カーム・ウォーター」をゆく。

 中学生のころからスマホを手にして、iOSの更新とともに大人になってきた。日々の忙しさとか、ただ怠惰なのか、色々理由はあるはずだけど、自分の身体はスマホに縛られて、日々濁流のように溢れる情報に追われている。振り返ってみれば、決まりきった範囲内で行動して、毎日同じような景色を見ている。

「いきなりだけど、自然に触れに川下りとかどーよ!」そんな連絡をくれたのはポパイウェブでも度々お世話になっている写真家の田附勝さん。おそらく、僕のインドア具合を見兼ねてのことだ。水に流されて、風に吹かれ、空を見る。いつもとは違う景色を目に入れる。“効率よく”アウトドアを体得するんじゃなくて、100歩目ぐらいから、いきなり手探りで自然と触れてみる。そんな提案だった。川どころか、家から出るのも億劫だったけれど、「見る前に跳べ」なんて言葉もあるから、ときにはそんな経験もいいかもしれない……。一度スマホを閉じて、川へ向かうことにした。

 僕らが向かったのは、埼玉県秩父郡長瀞町(ながとろまち)。不動山、陣見山、宝登山に囲まれたのどかな町で、荒川が流れる長瀞渓谷で遊ぶことが目標だ。今回は現地で川をフィールドとしたアクティビティを専門とする〈アムスハウス&フレンズ〉の平井琢さんに案内をしていただいた。普段はラフティングやパックラフトのツアーを行ったり、河川の救助などの活動を行っているそうだ。ざっくりと川で遊びたい旨を伝えたところ、まずは「パックラフト」を提案していただいた。

 パックラフトとはアラスカ生まれのアクティビティ。荒野の探検者が水辺を渡るアイテムとして開発したと言われるボート(パックラフト)で川などを漕いで渡る。急流下りなどもあるけれど、山、峠、川を渡ることが本来の目的だからこそ、「移動を楽しむ」スポーツだ。なんだかロマンがある。基本的には“自前の道具を使って自然を楽しむ”キャンプとも通ずる部分がある人気のアクティビティなのだ。

 普段〈アムスハウス&フレンズ〉では、素人・玄人問わずモノの準備から楽しみ方まで教えている。「ある程度スキルがある方でも、怪我等のリスクを考えてツアーに参加されることもあります。気軽に参加していただければ」と平井さん。今日は急流ではなく、比較的穏やかな河川「カーム・ウォーター」と呼ばれる範囲を下る。「急流を行くなら鍛錬が必要ですが、急流ではないなら、道具や工程にこだわってスタイルを重視してやってみましょう!」と平井さん。

〈アムスハウス&フレンズ〉平井琢(ひらい・たく)さん。

準備と計画と「どんな状況でも意思をもって自分をコントロールできるような基礎」。

 平井さん曰く、アウトドアで大事な一歩目は「準備と計画」だそう。

「アウトドアという括りでよく言われるのは、『準備と計画』ですね。準備はモノを準備すること。例えば山登りだったら、ザックの中に何を入れるか、食べ物はどうするか、遭難したときにどうするか、みたいなことです。川の場合も同様で、レクをする際の道具の準備と、緊急事態を想定したモノを用意しておく。」

準備した道具はこんな感じ。

上段は靴、空気入れ。下段はパックラフト。カヌーにも似た形のかなり軽量(約3キロ)なボートで、空気を入れ膨らませて使用するから、名前の通り“パッキング”できるボートということだ。元祖といわれるメーカー〈アルパカラフト〉の製品だ。現在は安価で手に入る品も多い。ライフジャケットは淡水でも着用する。急流の場合はヘルメットも必須! 他にも、休憩がてら食べれる軽食や水分、スマホ(取材の録音、緊急時の連絡のため)、タオルなどを準備。

「『計画』の方は、ツアーに参加することや、何時に出発し、どこに行き、何時に終わって、夜や帰り道はどうしようとか、1日の流れを考えておくことですね。一見当たり前のことだけど、ちゃんと考えておいた方がいいことです。“なるようになればいい”というスタンスも、ツアーなど管理者がいる場合はいいかもしれないけれど、自分で楽しむ以上、計画をしておくことは大事だと思います。」

 アウトドアの話ではあるけれど、常日頃から大事なことかもしれない。そんな「計画」の重点はどこに置いたらいいのだろう。

「『日没』ですね。暗くなってしまうと状況が変わるので、その前に川から出る、山から下りられるように計画しましょう。日が落ちてから楽しむようなキャンプなどもあると思いますが、それらも基本は動きませんよね。暗闇で動くのはリスクも大きいですし、僕らが提供する川下りなども夜に行うことはまずありません。日没を軸に考えてみるといいと思います。」

 この日も逆算して、日没前にアクティビティが行えるように計画した。午前中に集合し、お昼頃までに荒川の河川を下る。その後は〈アムスハウス&フレンズ〉の仲間たちや長瀞で活動する方々と合流し、一緒にテントサウナを楽しむ。片付け含め、全て16時頃には終わらせる予定だ。いわゆる「セーフティマージン」とは色々な分野で言われる言葉だが、これは「安全性を確保するための余裕を持つこと」だ。「準備と計画」が事故を起こさないためにまず大事なのだ。ということで河川へ!

 この辺りは、国の特別天然記念物に指定された秩父・長瀞の「岩畳」があるエリアだ。近くでは、観光協会が主宰する「荒川ライン下り」の様子もみられた。「野外で遊ぶときは他のビジターへの配慮もしておきましょう。また、僕らのツアーでは、自然環境になるべく影響を与えないように催行できるようにしています。ここまで来るのも山道を歩いてきましたが、それも本当は環境に影響するんですよね。なるべく同じ登山道を利用して、ダメージを集中させておく、せめてもの配慮も大事ですね」と平井さん。岸に着いたら、早速ボートを膨らませていく。十分に空気を入れたら、ボートを浮かせて乗り移る。身体のお尻の部分が一番重いので、なるべく重心を低くしながら乗る。一歩間違えると転倒するので慎重に……。こ、怖い!

自分で降りやすい場所を探りつつ。腰が引けた。

 いざ浮かんでみると、足元から川面の冷たさを感じる。いきなり大自然のなかに身を預けたような不安感、広い空が見える高揚を同時に感じる。ボーッとしていると水流に押されてしまうから、カヤック用のパドルを使って微調整して前進。長瀞の風景も楽しみつつ「まずは思った方向に進めるようになることを目指しましょう」と平井さん。「水の流れは強いので、自由に始めすぎてしまうとどんどん流されてしまいます。だからどんな状況でも意思をもって自分をコントロールできるような基礎を作っておいてあげることが大事かなと。でその中で、楽しいと思う流れをいきましょう!」