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【#3】身体的な食体験、祝祭感伴う食卓

執筆: 『ネグラ』大澤思朗

2024年4月30日

ネグラ


photo: Yuji Moriwaki
text: Shiro Osawa
edit: Nozomi Hasegawa

インジェラを食べる時は基本、手食。今まで何度か経験したことがあるが、これが思ったよりも難しい。手を使って食材の油分と水分を捏ねて乳化させるように口を運ぶととても美味しいのだが、なかなか上手くできない。苦戦していると、見かねたのか一緒に食べていたエチオピア人のハディンコがインジェラに色んなおかずを包み、手でくるくるっと丸めてこちらの口の中に運んでくれた。子供みたいだな、と照れ隠しで笑って誤魔化そうとしていたらエチオピアのみんなは「グルシャ〜グルシャ〜」と笑っている。

え!?どういうこと、と聞いてみると、これはグルシャという習慣で、歓迎の気持ちを表す行為とのこと。

自分で巻くより、グルシャで運ばれてくるインジェラの方が妙に美味しい。具材の選び方、包み方の丁度いい塩梅があるのだ。

そして、グルシャはグルシャで返すとのこと。今度はこちらもインジェラでおかずを包み、ハディンコの口の中に突っ込む。そして、みんなでグルシャ〜グルシャ〜♪

このプリミティブな行為の応酬はさながら高知の返杯(同じ杯でお酒を飲み交わす土佐文化)を思わせ、妙な高揚感に繋がる。

食事のお供には「テジ」という蜂蜜酒。フラスコのような容器に入れられており、首の部分を人差し指と中指で挟んで天を仰ぐようにして飲む。「神様への感謝を込めて」と、フラスコを勢いよく傾ける彼らに促されフラスコを指で挟んで口をつけ、くっと顎をあげる。容器の構造上、強制的に喉の奥まで注ぎ込まれる蜜のとろみ。飲みやすいが、しっかりとアルコールを感じる。どこか儀式的な動作を含む食事の時間は加速度的に祝祭感が増していく。

「こうやって飲むんだ」。綺麗なオレンジ色のテチが入ったフラスコを持つハディンコはマシンコという一弦楽器の奏者。

民謡交換プロジェクトでエチオピアを訪れ、アディス市内の国立劇場から、“エチオジャズ生みの親”ムラトゥ・アスタトゥケがオーナーを務めるライブハウスなど、様々な会場で連日LIVEを続けた民謡ユニット『こでらんに〜』と、現地パートナー『MosebBand』のメンバーと囲んだ食卓はとても賑やかで「ちょっとインジェラだけで食べてみてよ」と(インジェラが苦手であろう日本人を試すように)にやにやと交わされる会話や、身体全体でジョークを伝えるようなコミュニケーションなど、食卓での互いの好みや文化を共有していく様子に、国や言語という頭の中での境界線が解けていく。

食事の前には手を洗うためのお水を持ってきてくれた。これもおもてなしの行為のひとつ。

『MosebBand』のメンバーと共に、伝統の自家製酒「アラケ」を呑み交わすフレディ塚本さん。

アルコールとの相性から生まれる大雑把で冗談めいた会話の中でも、同じ人間として、異国で気を張っているこちらを和ませるようなコミュニケーションを返してくれたりするので、油断していると涙腺にグッときて焦る。

「兎に角平和!自分たちと似ているところだらけ」

『こでらんに〜』ボーカルであり、『民謡クルセイダーズ』のボーカルとして世界各国周ってきたフレディ塚本さんがエチオピアの旅を終え、振り返っての言葉に、説得力と強い共感を覚えた。

あの食卓を囲んだ時間、僕もそう思ったのです。

プロフィール

大澤思朗

おおさわ・しろう|妻の麻衣子とともに、高円寺にて妄想インドカレーと越境庶民料理を提供する『ネグラ』を営む。『チリチリ酒場』という屋号で、音楽や個人商店、食、お酒などを楽しめるバザールも各地で開催。『ネグラ』の営業日はInstagram(@negura.curry)にて要確認。