TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
CULTURE

【#1】デビュー時代の裏話。

2021.05.08(Sat)

デビュー当時のギャラとコロナ

世の中何が起きるかわかりません。まさか50年一筋マジックの道をコロナに止められるとは思いませんでした。自粛の日々「1店舗支援金は2万円」のニュースを聞いて、35年前の私のギャラと同じだ、とまるですごろくのスタートに戻らされたような気分になりました。コロナのニュースのおかげで思い出したデビュー当時の話です。

デビューのきっかけは日本テレビ『11PM』のプロデューサーとの出会い。

1988年39歳の時、ホテルのラウンジで私のマジックを見終わったプロデューサーがボソッと言いました。

1988年当時の私。

「これ黙って見せられたら本物の超能力ですね」

そのイメージのまま、番組に登場させてもらうことになりました。

私の周りをタレントに囲ませて、その状態で不思議なことを次々と見せる。番組終了後は「あれは何なんだ?」と視聴者からの電話の嵐でした。スタッフは丁寧に「はい、手品です」「はい、手品です」と答えては電話を切っていました。

その後私のコーナーはどんどんエスカレートしていき、遂に夢と現実を超えたことを始めます。街中のパチンコ店に入って行って、ハンドパワーで777を出す。これをやった時の反応は凄まじかったです。テレビ局の電話はパンクしました。「はい、手品です」と言っても今回はかけてくる人も本気です。

「なに手品?!手品なら手品だと言ってからやれ!」

なぜか関西からの電話が多かったのが印象に残っています。お叱りだけでなく、

「すでにリーチ回になっていたぞ。そりゃすぐそろうね!」

パチンコ愛好家の鋭い指摘もありました。それでも「はい、手品です」の一言で『11PM』に出演していたころは大事にならずに乗り切れました。

テレビ出演を機に起きたフィーバーのお陰で私の顔と名前が全国に知れ渡り、大きく私の状況は変わりました。

『11PM』でデビューする数年前までは、1日2万円でホテルのラウンジでショーをしていました。テレビに出たらそのギャラをいきなり5万円に上げてくださり、しかも全国10カ所、月1回のショーが決まったのです。その後企業のイベントからもオファーが入り始め、1ステージ50万円というギャラに。急に桁が違ってきました。

ホテルのラウンジでショーをしていた頃の私。

実はギャラが50万円のラインに到達するかしないかでは待遇が全く違うのがショービジネスの世界です。芸能界の隠語でアゴ(食事)アシ(交通)マクラ(宿泊)と言いますが、この待遇のグレードが一気に上がります。この変化を体験すると一つのショーの成功の次も、そのまた次のショーも成功し続けなけれショービジネスの世界で生き残れないことを知らされます。

すでに人が集まっているところで演じている限りでは50万円以上のギャラを取ることは至難です。自分の名前と実力で集客できるようになって初めてマイナーからメジャーになれます。

こうしてデビューから振り返ってみると有名になることより、見に来てくれる人を集めることの方がはるかに難しいということをしみじみと感じます。ましてコロナ禍で人を集めるには、本物の芸とオンリーワンの世界を見せるしかないと思います。

初心に帰らせられた昨今のコロナ禍。今日も新しいマジックの研究です。

プロフィール

Mr.マリック

1949年、岐阜県生まれ。超魔術師。サイキックエンターティナー。今年で超魔術30周年を迎える。BS朝日『超魔術見破りバトル!Mr.マリックVS最強の東大生軍団』が6月20日(日)夜9時に放送。
昨年スタートしたYoutube公式チャンネル『マリックがきた!!』も大好評。https://youtu.be/U8TW3l3rqpk
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