カルチャー

こんな映画を作ってしまったから、次に何をすればいいかわからないんです。

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』のジェームズ・グレイ監督にインタビュー!

2023年5月11日

text: Keisuke Kagiwada

© 2022 Focus Features, LLC.

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の舞台は、1980年のNY。白人の中流家庭で生まれ育った12歳のポールは、教育熱心な両親や、良き理解者である祖父に囲まれながら穏やかな暮らしを営んできた。しかし、通っている公立学校で黒人生徒ジョニーと出会い、悪ガキ同士たちまち仲良しになった2人は、ほんの出来心で犯した過ちをきっかけに、人生の岐路に立たされる。実はこれ、ジェームズ・グレイ監督自身の自伝的な作品だという。当時、同地で勃興しつつあったヒップホップ文化とも深く関係する本作について、監督の話を聞いた。

© 2022 Focus Features, LLC.

ーーこの映画を観始めて最初に思い出したのが、ジャン・ヴィゴ監督の『新学期 操行ゼロ』でした。寄宿学校で暮らす悪ガキたちが、抑圧的な教師陣に反抗する姿を瑞々しく活写した1933年の作品ですが、この悪ガキたちの存在感が教師たちに楯突くポールとジョニーに重なって見えたのです。ズバリ、影響はあったのでしょうか。

まさに!(笑)。ご指摘の通り、『新学期 操行ゼロ』は本作にかなり影響を与えています。よくフランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』からの影響を指摘されるのですが、それは意識していません。『大人は判ってくれない』も『新学期 操行ゼロ』の影響下にあるから、そう思われるんでしょうね。『新学期 操行ゼロ』のような作品がトーキー映画の初期に発表されたことは本当に素晴らしい。他の芸術と比較すれば明らかですが、その事実は映画という芸術の偉大さすら物語っていると私は思います。

例えば、ラスコーの壁画の5年後にはどんな絵画が描かれたでしょうか。あるいは、世界最古の小説……それは日本のものになるはずですが、その5年後にどんな小説が書かれたでしょうか。おそらく大した出来のものは作られてません。他の芸術は、最初期からマスターピースが量産されていたわけではなく、長い時間をかけて発展していったはずなんです。音楽だってそうですよ。西洋に限って言っても、メロディというものを体系化するまでにはかなりの時間がかかっています。

しかし、映画は違います。考えてもみてください。トーキー映画が誕生して3、4年で、『新学期 操行ゼロ』を始めとするマスターピースが、どれだけ作られたことでしょうか。それは私たちが映画を本当に必要としていたからだと思うんです。その意味で、映画とは私たちの夢のようなものだと言えるかもしれません。他人に観てもらうために翻訳された私たちの夢に近いもの。それこそが、映画に他ならないのです。

それはゲームとはまるで異なります。夢を見るとき、私たちはゲームのようにコントローラーで自分の行動を操作できないですからね。映画は受動的であり、能動的なものではないんです。だから、優れた映画はすべて、夢のような感覚がある。ヴィゴの映画が美しいのは、そんな感覚を味わわせてくれるからです。

© 2022 Focus Features, LLC.

ーーただ、『新学期 操行ゼロ』は、主人公の少年たちが教師にひと泡吹かせて幕を閉じる一方、本作のポールとジョニーは最後で厳しい現実を突きつけられるという違いがありますよね。

歴史には、潮目が変わるターニングポイントがあります。本作でも描かれるロナルド・レーガン政権の誕生も、その1つでしょう。

おそらく、レーガンの当選前、アメリカにはもっとひどいことがたくさんあったと思うんです。実際、LGBT当事者の生活はより辛苦に満ちたものだったでしょうし、黒人やラテン系の貧困率はより低かったでしょう。しかし、もっといい社会を目指そうという意識が、どこかで共有されていたとも思うんです。

そんな中、レーガンは言い放ったんです。「諦めろ」と。「政府はお手上げだ、頼るなら自分か民間企業にしてくれ、そして金を稼いでくれ、自分のためにベストを尽くせば他のことはきっとうまくいく」と。結果として、アメリカは以前とまるで違う方向に進み、その政治的な風潮に文化は追随するようになりました。

この映画に『新学期 操行ゼロ』にはないペシミスティックな側面があるとすれば、そのような時代を描いているせいかもしれません。だけど、どうなんでしょう。もしヴィゴが生きていて、10年後の世界の動きを目にしていたら、もっと別の映画も作っていたんじゃないですかね。

ーー本作にはドナルド・トランプ前大統領の姉マリアン・トランプ・バリー(演じているのは、ジェシカ・チャステイン!)が、いかにも新自由主義的な教えを説くシーンがあるので、現在まで続くアメリカの暗い時代が80年に始まったという認識なのかなと思いました。それはさておき、もう1つお聞きしたいのは、ヒップホップについてです。本作のタイトルフォントには、ヒップホップのグラフィティ的なものが採用されています。また、劇中でポールはジョニーに”アメリカで初めて商業的な成功を収めたヒップホップ曲”として知られるシュガーヒル・ギャングの「Rapper’s Delight」を教わります。本作は自伝的作品と監督本人も認めていますが、ご自身もやはりヒップホップに影響を受けてきたのでしょうか。

はい、好きでしたね。あるレビューで「ジョニーがラップ好きというのは、紋切り型の表現すぎる」と批判されましたが、それは歴史的な背景を無視したコメントだと言わざるをえません。1980年にラップに夢中になるということは、途轍もなくカッティングエッジなことだったんです。まったく紋切り型ではありません。実際、私はジョニーのモデルとなった人に「Rapper’s Delight」を教えられるまで、ラップのことなんか知りませんでしたから。

ただ同時に、私がラップを好きになった理由は、それ以前から夢中になっていたパンクバンド、ザ・クラッシュのおかげでもあるんです。実は『アルマゲドン・タイム』というタイトルもザ・クラッシュの同名曲が由来なんですが。彼らのアルバム『サンディニスタ!』に収録された「Magnificent Seven」は、ニューヨーク発祥のラップをイギリス文化において翻案した楽曲なんですよね。だから、私は2つの方向からラップに目覚め、夢中になっていったんです。

その後、ラップへの興味は、パブリック・エナミーとN.W.Aでピークに達しました。途轍もなく政治的であり、「行動せよ!」と呼びかける彼らの楽曲には、多くのことを学びました。とりわけN.W.Aの「100 Miles And Runnin’」は、「目を覚ませ、愚か者!」とどやしつけてくるような、苛烈な雰囲気がありましたね。

まぁ、1990年以降、ラップからは急速に政治色が薄れていき、私には面白みに欠けてるものになってしまったのですが。でも、それは他の音楽にも言えることなんです。その意味で、私の場合、あらゆる芸術表現への興味が、90年にピークに達したと言えるかもしれません。

ーー本作では監督自身の人生が描かれているわけですが、スティーヴン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』や、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『リコリス・ピザ』もそうしたタイプの作品と言えます。アメリカ映画を代表する監督たちが同時多発的に自身の過去を振り返るような作品を撮ったのは、なぜなんでしょう。

興味深い質問ですね。ポール・トーマス・アンダーソンが同じような質問をされたときの答えが面白かったので、まずは引用しましょう。いわく、「みんな年を取ったからかもね」と(笑)。ただ、私の場合は、どうもそれだけとは言えない気がしています。『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』ではアマゾンを撮り、『アド・アストラ』では宇宙を撮ったわけですが、非常に大変な映画で、すっかり疲れてしまったんです。

そのせいか、映画への情熱……とまでは言わないにしても、信念を失いかけていて。だからこそ、映画への愛情を再発見したかった。それで作ったのが、前2作と比べれば、とても小さい本作でした。もちろん、私の魂にとってはまったく小さくはありませんが、予算的にはかなり小さいですから。

© 2022 Focus Features, LLC.

ーーそうした「映画への愛情の再発見」の過程がまざまざと刻まれているせいか、本作にはどこか集大成的な感触を覚えます。そんな作品を作ってしまったら、次にまだ作れるものがあるのだろうかと思ってしまいました。

集大成と言えるかどうか、自分ではよくわかりません。しかし、非常に鋭い質問だと思うのは、この映画を完成させて1年……より正確に言うと9ヶ月経過しているんですが、次に何をすればわからなくなっているんです。と言うのも、この映画にはあまりに私自身のすべてを捧げてしまったから。次のヴィジョンとして思い浮かぶのは、この映画の続きを作ることくらいです。

でも、ビジネスは他のことを要求してきますからね……(笑)。いずれにしても、ホームムービーのようなものを作ってしまうと、次に進むのが難しいというのは、まったくその通りだと思います。でもそれは、ハイレベルな問題ですから、悪い悩みじゃないんです。

インフォメーション

アルマゲドン・タイム ある日々の肖像

アルマゲドン・タイム ある日々の肖像

1980年、NY。公立学校に通う12歳の少年ポールは、PTA会長を務める教育熱心な母エスター、働き者でユーモア溢れる父アーヴィング、私立学校に通う優秀な兄テッドとともに何不自由なく暮らしていた。しかし近頃は家族に対していら立ちと居心地の悪さを感じており、良き理解者である祖父アーロンだけが心を許せる存在だ。想像力豊かで芸術に関心を持つポールは学校での集団生活にうまくなじめず、クラスの問題児である黒人生徒ジョニーは唯一の打ち解けられる友人だった。ところがある日、ポールとジョニーの些細な悪事がきっかけで、2人のその後は大きく分かれることになる。主人公の母をアン・ハサウェイ、祖父をアンソニー・ホプキンスが演じた。5月12日より公開。

プロフィール

ジェームズ・グレイ

1969年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。南カリフォルニア大学の映画芸術学部で映画製作を学んだ後、1994年に長編監督デビュー作『リトル・オデッサ』でベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞。その他の作品に『裏切り者』『アンダーカヴァー』『トゥー・ラバーズ』『エヴァの告白』『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』『アド・アストラ』がある。