いい仕事ってなんだろう?/じゃがいも専門店 店主 Dominik Klier
せっかくやるなら突き詰めて。
2023.05.05(Fri)
photo: Julian Baumann
text: Yukiko Yamane
2023年5月 913号初出

「じゃがいもは今も昔もクールじゃない。
だからこそ、イメージを変えたいんだ」
みんな当たり前のように主食やおかずとして食べてるけど、じゃがいもは今も昔もクールな存在じゃない。でも、たくさんのポテンシャルを持ってる食材だから、僕らはそのすばらしさを伝えて、イメージを変えたいんだ」。そう話すのは、「ミュンヘンの台所」こと19世紀から続く野外市場「ヴィクトアリエンマルクト」にあるじゃがいも専門店兼カフェ『キャスパー・プラウツ』の共同設立者、ドミニク・クリエさん。じゃがいもが大好きすぎて起業したのかと思ったら、実はそうではなかったようで。
「友人のテオと一緒に飲食店を持ちたいという夢は漠然とあったけど、じゃがいもは想定外。たまたま僕らが通ってるコーヒーショップの向かいにあったじゃがいも屋が閉まるって聞いて、店の経営を引き継ぎたいと申し出てさ。ここはブースごとに何を販売するのか規則で決められてるから、じゃがいもしか選択肢がなかったんだ」
2人ともフルタイムの仕事を辞めたけど、初めての挑戦に不安だらけ。まずはじゃがいもの知識を深めようと、じゃがいもの専門家ペーター・グランディエンさんのもとへ駆け込んだ。その日から、知れば知るほど奥が深いじゃがいもの世界にどっぷりハマっていくことに。最初は2人だけで接客も料理もこなしながら、学ぶ日々が続いた。そのうち、若者が運営するじゃがいも屋としてドイツのメディアに取り上げられ、その評判が瞬く間に広まったという。
「特にビジネス的な戦略はなくて、いい料理をつくってフレンドリーな接客をするっていうシンプルなことを常に心掛けているだけ。どんな仕事でも一番大事なのは、自分の仕事に情熱を持ち続けること、自分らしくクリエイティブでいることだよ」
食に対する情熱が、今まで“当たり前”だったじゃがいもにどんどん注がれていく。クラシックなじゃがいも料理を再解釈し、違う国のテイストを加えた創作料理が人気となり、行列ができる店として知られることに。また、多様な品種やそれを育ててくれる農家をサポートするために、珍しい品種を積極的に仕入れることも欠かさない。そんな新しい見せ方とクリエイティブなアイデアによって、停滞していたじゃがいも業界に新しい風を吹き込む店として、ますます注目を集めるようになった。
「自分の店を持つ情熱と自分を幸せにできるアイデアがあるなら、これまでの経験と自分自身を信じて、挑戦すべきだと思う」


ドミニク・クリエの仕事内容
マネジメントだけでなく、販売やキッチン、掃除など現場の仕事はなんでもこなすというドミニクさん。基本的には8時から17時まで、マーケットの営業中は店頭で勤務。毎週火曜日はテオさん、ぺーターさんと一緒にミュンヘンの野菜市場でじゃがいもの仕入れ。「必ずテイスティングをして、地元で育てられた、シーズナルでかつ美味しいものを選んでるよ」。毎週金曜日は自宅のオフィスで、仕入れ先とのミーティングやメールなどの事務作業をしている。



プロフィール
Dominik Klier
ドミニク・クリエ|1988年、ミュンヘン生まれ。オーガニック食品と料理好きな母の影響で、小さい頃から食に対する興味が強かった。大学では社会学を専攻し、博士課程に進学したが、2週間で退学。その後2年間、TVのプロジェクトマネージャーとして勤務する中、ホリデー期間は副業でイベントのケータリング事業も開始した。その頃から金細工師のテオ・リンディンガーを誘って、一緒にメニューを考えるようになる。2017年に仕事を辞めて、『キャスパー・プラウツ』をオープンした。店名は1621年に初めてじゃがいものレシピを出版した修道士の名前。
◯Viktualienmarkt Abt. III Stand 38 80331 München