TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
LIFESTYLE

【#4】私が留学をした理由

2022.02.01(Tue)

2019年、1月1日。
私はネパールにあるカラパタール峰(5545m)に登頂した。

 私は、小学生の時から父に登山へ駆り出されていた。父は年に二回、春と冬にヒマラヤに行く。幼いころから、父と年末年始を過ごした記憶はない。私もいつかネパールで年越しをするのだろうなとなんとなく思っていた。友達と過ごさないクリスマス、おじいちゃん、おばあちゃんに会えないお正月。年末に冬休みのルンルン気分で乗っている国内線と変わり、私は世界一危険と言われているネパールのルクラ空港に向かう飛行機のなかで不安を感じていた。緊張感を抱きながら、私の冬休みが始まったのだ。

 しかし、不安なのは、最初だけだった。山を登りながら、私の知らなかった父のもう一つの生活に触れるのが楽しかった。父の第二の故郷とも言える場所で会った、家族のようなシェルパの人たちはみんな明るい。行く場所々々で、地元の人がポットを抱えている。そこにはネパールの紅茶チャイが入っていて歓迎してくれるのだ。甘―い紅茶を美味しい美味しいと飲んでいたら、顔がぶくぶく太っていった。

ナムチェバザール

クリスマスは、ナムチェバザールという村で過ごした。ナムチェバザールはエベレスト街道の中で一番栄えている村。父の知り合いで日本にも何度も来たことのあるシェルパのロッジで過ごした。メニューに「おでん」があり、驚いた。もちろん、彼の手作りおでんを頂いた。日本のとはちょっと違ったけど、和風の味が体にしみた。

登山道を行きかうヤク

 沢山の野良犬も山の上で生活している。あるときは沢山の子犬がいて、寒さを凌ぐためにおしくらまんじゅうをしている姿がとっても愛くるしかった。可愛い子犬たちと戯れていたら「嚙まれたら狂犬病になるよ」と言われた。ああ、やはりここは危険と隣り合わせの場所なのだ。

  その後、目標のカラパタール峰に挑戦した。朝の5時、初日の出を浴びながら歩き始めた。約6時間後に私たちはカラパタールの頂上を踏んだ。そこからはエベレストがはっきりと見える。父に何度も話を聞いていたエベレストが目の前にそびえ立っている。現実ではないような気分だった。私を不思議な気持ちにさせるほどエベレストからは強い力を感じた。

カラパタール、後ろがエベレスト

10時間以上歩き続け、日が暮れる頃にやっと山小屋に戻った。戻って、すぐに飲んだのがチキンガーリックスープ。ここのチキンスープはとにかく美味しいと父が何度も言っていた。疲れ切り、冷え切った体があっという間にポカポカ。私たちは一気に飲み干した。豚や牛などは山の麓の村から運ばれてくるが、鶏は山の上で村人が育てている。走り回っている鶏たちは、筋肉が発達していて美味しい。お肉を頼むなら鶏肉を頼むのが一番と父が教えてくれた。流石、ヒマラヤのことなら、父はなんでも知っている。

 3週間ほどで私たちのトレッキングは終了した。私たちの乗っている小さな飛行機はルクラ空港からネパールの首都のカトマンズ空港へ飛び立った。飛行機の中から、私たちが今さっきまで生活していた雄大な山々を眺めていたら自分がちっぽけに感じた。

当時、私は中学3年生で中学校を卒業した後、留学するかどうかを迷っていた。友達に会えなくなるのも辛い、新しい環境も怖い。だけど、この旅で、私はまだ世界のほんの一部しか知らないんだと感じた。新しい世界を知ることは怖いものではなかった。クリスマスにネパールの山の上でおでんを食べ、お正月にエベレストを見て、沢山のシェルパの人と関わった。こんなにも濃くてユニークな経験を忘れることは無いだろう。

怖がらずに、あたらしい世界に行きたい。あの時、そう感じたから、私は今ニュージーランドでこのコラムを書いている。

夕日に照らされるエベレスト

プロフィール

野口絵子

のぐち・えこ | 2004年生まれ。父、野口健とともに幼いころより登山を始める。14歳でネパール・カラパタール峰(5,545m)に登頂。その後、東南アジア最高峰キナバル(4,095m)や、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ(5,895m)などに登頂。「日立 世界ふしぎ発見!」のミステリーハンターを務める。現在、ニュージーンランドに留学中。
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