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【#4】作家 賀来庭辰(Naotatsu Kaku)くんのこと

執筆: 二見彰(流浪堂)

2021年12月1日

text & photo: Akira Futami
edit: Yukako Kazuno

 居場所を探しルーツを辿る旅の途中にいる作家は、普遍の存在として其処にある圧倒的自然に抱かれ、思考したかったのだろう。
全てが凍りつき、やがて溶けゆくまでを撮るために、彼は冬から初春にかけての3ヶ月間を、とある湖畔で過ごした。
これは作家賀来庭辰の純粋な内省の物語である。

「張った氷に、彼は石を投げる。心に言葉を投げかけるように。カランコロン。氷は厚く、石は表面をただ転がっていく…」
思うようにいかない事事、挫折感を味わう日々。未来の扉をノックするが開かれず、コンコンと音だけが響く。でも自信はずっとあるんです。と、彼は撮ることをやめない。
探せ、扉の鍵はきっと何処かに。旅は、チェコ、黄金町、そして台湾へ。

台湾人の両親が日本に渡り、この国で生まれ育った賀来はずっと「居場所はどこか。ルーツはどこにある?」を作品制作のテーマにしてきた。自ずと、撮影対象は家族など身近な人たちになり、向き合うものは自分のなかにあると彼は考えた。
5年前の初個展、新宿眼科画廊での「家族の話、私の話」は、台湾人の両親と自分の物語。今年、流浪堂で開催した個展「南から」は、父方の故郷屏東から母方の故郷台北へ、父と母の出会いを写真で辿るロードムービーだったように。

「氷が溶け、湖面を木々が漂い風が揺らす。思わず石の一投を試みる。チャポン。波紋はどこまで広がり、何に届くのか。霧のなか、無我夢中にボートを漕ぎ続ける。息は上がる、腕は棒のよう。まだ何も見えぬが、この先の何処かに居場所はあるか・・・」
彼のその行為は、家族や血という内側に問うというこれまでの手段から、自分の外側の世界へ意識を投げかけてみるという方法への変化だった。
撮る対象は、ただ其処にある山と湖であり、風の音、鳥の囀り、氷の軋みにひたすら耳を傾けた。

 東京は梅の季節。賀来は撮りためた映像を手に帰ってきた。幼い印象の顔立ちは、少しシュッとして、凛々しくなっていた。表情もスッキリしていて何かが抜け落ちたよう。
さて、山と湖と思索のなかで掴んだものはあったのか。「居場所は、ルーツは?」の問いかけに、自然は答えをくれたのか。この滞在は果たしてよかったのか。

それが成就したことは、写真新世紀2021審査会当日の、時に詰まりながらも狼狽えることなく、静かだが力強い説得力のあるプレゼンテーションが証明しており、そして何より、25分に及ぶ映像作品「THE LAKE」がグランプリに選ばれたことが全てを物語っている。彼のやってきたことが実を結び、未来の扉が開いたのだ。

喜びのなか写真新世紀は閉幕したが、しかし彼の「THE LAKE」はまだ終わっていなかった。プレゼンテーションで彼が発した「居場所を」「親とは隔たりが」の言葉が自分を苦しめた。聞いていたぼく自身も、この言葉は他のに比べて強く響き、何故か家族内のことのように聞こえてしまって、すごく違和感を感じていた。
日本で生まれ日本語しか喋れない賀来は、両親とのコミュニケーションに苦労はしているが(母は日本語ができる)関係は良好だ。隔たりは言語だけである。また、居場所についても、社会のなかでそれを探しているのであって、家族のなかにないということではないのだ。

父や母が、この言葉を聞いたらどう思うだろう。ぼくが説明する前にこのプレゼンテーションのことを誰かから聞いたら、きっと悲しむに違いない。しかも今両親は旅行中。その最中にアーカイブでこの審査会の模様を見てしまったら、最低な旅行になってしまう。と、人一倍繊細な賀来は気が気でない。気持ちも沈んでいく。

「両親が帰ってきてすぐ、話をしたんです。そしたら、日本語が分からないはずの父も不思議と意味を読み取ってくれて、今回のことをすごく喜んでくれて。これまでのことやこれからのこと、いろんなことを、時間をかけてゆっくりと家族で話し合いました。こんなこと今まではなかったなあ。これも写真新世紀が、そして「THE LAKE」があったからなんです。なかったら話なんてしないで日々を過ごしていたと思います。」と、うれし恥ずかしそうに話してくれた。彼の心のなかで、ようやく一つの区切りがついたのだろう。

賀来くん、身近な人たちの愛とご両親の愛。君の居場所は此処だ。ずっとね。そしてこの前話してくれた「ルーツは家族のなかにあり、ぼくがこれから新しいルーツを作っていく」はとても素敵な言葉だね。これからも写真家以前に作家として、よき作品を作っていってください。活躍を期待しています。

プロフィール

二見 彰(流浪堂)

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