カルチャー
洋菓子と画。
「牧野伊三夫展」
2021年11月29日
text & photo: POPEYE
僕が編集長としてPOPEYEにやってきたときに、最初に新連載をお願いしたいと思ったのが牧野伊三夫さんでした。牧野さんはのびのびとした、とても魅力的な絵を描きますが、それと同じくらい魅力的に、とてもきれいなお酒の飲み方をする人です。シティボーイたちにはちゃんとしたお酒の飲み方を知って欲しい、そう思って、半分無理を言って『のみ歩きノート』という連載をはじめてもらったのです。ひと昔前までは会社の上司や先輩に酒場につれていってもらい、そこで酒の飲み方を教わったようですが、最近はそんなことも少なくなったと聞き、この連載で大人のお酒の付き合い方を学んでもらえれば、と思ったわけです。さて、前置きがだいぶ長くなりました。
牧野伊三夫さんの本業は言うまでもなく画家ですが、11月28日からの1週間、田園調布の洋菓子店『SAVEUR』(サヴール)の上で個展をすることになったのでPOPEYE Webでご紹介させて頂こうと思います。ここのお菓子の包装紙を実は牧野さんが描いています。
『SAVEUR』は洋服が本業の、ご存知<YAECA>の服部(哲弘)くんが始めた洋菓子店で、バターケーキやサブレ、マカロンなど、素朴で美しい(むろん美味しい)フランス菓子が並んでいます。素敵な洋服だけでなく、こんなに上等な洋菓子まで作ってしまう服部くんに僕はたいへん驚きました。そして洋菓子店の上はてっきり喫茶店にでもなるのかと思っていたのですが、できあがったのはギャラリーでした。名前は「un」。アン、ドゥ、トロア、のアンです。この場所を通じて生まれる「つながり」、その始まりとしてのアン。だから最初の個展は、この場所で最初につながった牧野伊三夫さんになったというわけです。
展覧会前日、絵を搬入している牧野さんに会いに「un」へ行くと、画伯はなんと小さな会場の中で大工仕事に勤しんでいました。展覧会は絵だけでなく、絵付けをした皿なども展示販売される予定ですが、用意されたアンティーク机があまりに立派で、自分が作ったお皿よりそっちが目立ってはいけないということで、自ら設計図を引き、日田の製材所でわざわざ作ってもらった杉材を使い、現場の会場で机を組み立てていたのです。
というわけで、今回は画伯が作った絵と皿(と机)の展覧会となっています。絵の方はいくつか種類はありますが、木片を張り合わせて、上から絵具を塗った抽象画などが飾ってあります。画伯は、「旅先で採取した土を容器につめ、土地の名を記したラベルを貼ってアトリエに置いておき」、「アラビアガムやアクリルメディウムなどの接着剤と混ぜ合わせて絵具にしている」とのことなので、きっとこれらの絵も日本各地、ときには外国、以前話に聞いたマダガスカルあたりの土も混じっているのでしょう。
こちら(左)は「土木周波数0.001」。画伯は工事現場や建築を見るのが好きで、そういった趣味的な楽しみをアトリエで絵にしてみたいと思ったそうです。曰く、「土木工事現場の面白味を千分の1規模で絵にしてみる気持ち」。
こちらはなんでしょうかね。海に浮かぶ島のようにも見えるし、ドラム缶についたサビや汚れにも見える。この絵のタイトルは『夏』。牧野さんがこの夏に見た日差し、蝉、鳥の鳴き声など、“気まぐれな発想”から生まれてきたようです。
さて、会場の準備も大詰め。気がつけば<YAECA>の服部くんもやってきていました。会場に貼られた「牧野伊三夫展に寄せて」という文章がたいへん素晴らしかったので、末尾にあった牧野さんを紹介しているくだりを転載させてもらい、この展覧会の紹介を終えようと思います。実は服部くんとは随分前から知り合いなのですが、僕は、服部くんがこんなに上手な文章を書くと知らず、再び、この場で驚いたのでした。こんな文章です。
照れ屋で子供の様な真剣さと紳士的で繊細な心配り、破滅的な酔いしれ方を知っている様な成熟と未熟が混ざり合い、なんと表現したら良いものか。話せば話すほど捉え所がないようでいて、どちらに振れてもどこまでも彼らしさというものを濃くするばかりです。
妹家族にサヴールのケーキを贈った際に、彼の描いたその包装紙を見た姪が“ぐちゃぐちゃモンスター”と呼んでいるのを耳にして、ふと、あゝこれは自画像だったのか、と妙にしっくりきたのでした。
―――YAECA 服部哲弘
というわけで、とても短い期間(11月28日 日曜〜12月5日 日曜)なので早めにどうぞ。この展覧会のあと、表参道のHBギャラリーでも年末恒例の「牧野伊三夫展」(12月17日金曜から22日水曜まで)がありますが、内容が異なるのでぜひ両方お出かけください。
展覧会情報
「牧野伊三夫展」
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