フード

明日から試せる、ワインがおいしくなる話。【前編】

TOKYO NATURAL WINE

2024年5月4日

ぼくと服と東京の暮らし。


photo: Naoto Date
text: Keisuke Kagiwada
2024年5月 925号初出

 愛飲家必聴のラジオ番組『SHIBUYA Midnight Wine Bar “1AM”』がポパイに出張! 奥は深いが、敷居は低い!? 5人の先輩が語る、ナチュラルワインの楽しみ方とは。

「1AM」とは、ナチュラルワイン片手に、夜な夜なこの魅力的なお酒について語り明かすラジオ番組。メンバーは、『アヒルストア』齊藤輝彦さん、『Libertin』紫藤喜則 さん、 『祥瑞』柴山健矢さん、『MERCI BAKE』田代翔太さんという東京を代表するオーソリティに、アートディレクターの岸直人さんを加えた5人だ。今宵はその『ポパイ』特別編として、ワインが楽しくなるアドバイスをリレー形式で教えてもらうことに。諸般の事情で柴山さんは遅刻中だが、「まぁ、始めちゃいましょうか」とまずマイクを握ったのは、紫藤さんだ。

talk 1
最初はカッコつけずエチケットで選んでよし。(by紫藤)

紫藤さん

要するに、「何も知りません!」って潔い姿勢でいいんですよってこと。デートだったとしても、背伸びして“わかっている風”にこられると対応に困りますから。こっちがちゃんとカッコつけさせてあげるのになって(笑)。逆に、「エチケットかわいい」「じゃあ、それにしようか」みたいなほうが、こっちとしては全力でサポートしたくなるし、その味が好きだったら、次からはアジャストもできます。そうやって覚えていけばいいんですよ。

田代さん

僕も自分でワインを扱い始める前、『アヒルストア』で齊藤さんに「知識がなきゃ恥ずかしいだなんて思わなくていいんだよ」と言われたのを覚えています。

齊藤さん

そんなこと言った?(笑)

田代さん

言いました(笑)。それだと楽しくないってことですよね。だからまずはエチケットから入るというのは僕も賛成です。

齊藤さん

実際、ワインの世界に20年いますが、「このエチケットは微妙だな」ってときは、味も好みじゃないことも多いですからね。生産者がデザインしているわけじゃなくても、最終的なジャッジはしているわけで、そこにシンパシーを覚えられれば味も好きだったりする。レコードのジャケ買いと一緒ですよね。

紫藤さん

そうそう、看板みたいなものだから、造り手のこだわりがそこには込められているんですよ。

齊藤さん

僕の場合、狙い過ぎたエチケットだと萎えてしまうんですよね。あざといというか、金の匂いがするというか。広告なんかと同じです。それよりも、いかにも生産者の手作りという感じで、なんだったらラベルが少し左に傾いているみたいなほうが刺さったりする(笑)。最近は減りましたけど、昔はそういうのが結構ありましたよね。自分たちで糊で貼っているから、バケツに入れて冷やすと剥がれちゃうようなのが。要するに、そのくらいの小さな規模だったってことなんですけど、今ほど生産者のテクニカルデータがわからない時代だったので、当時はそういうエチケットから、いろんなことを感じ取ったものです。シュモニッティのやつなんて、まさにそんな感じでしたよね。

紫藤さん

そうですね。今はほぼやめちゃっていますが、ぶどうの種類でエチケットの色を変えていましたよね。緑だったらガメイ、黒だったらピノ・ノワールとか。他にも、自由な発想で作られるエチケットが多かったりするのは、ナチュラルワインの面白さのひとつですよね。

田代さん

そして、美味しかったなというものを自分の中でリストアップしていくと、さらにいいワインと出合えるんじゃないかと思います。

プロフィール

明日から試せる、ワインがおいしくなる話。【前編】

紫藤喜則

『Libertin』店主

しとう・よしのり|1975年生まれ、埼玉県出身。高田馬場の『ラミティエ』などで修業を積んだ後、2011年に渋谷に『Libertin』をオープン。番組では賑やかし役を担うことが多い。

talk 2
お気に入りの店には通って店主の話を聞こう。(by田代)

田代さん

最初はいろんなお店に行きたくなると思うんですよ。もちろん、それも必要なことではあるんですが、「自分好みのワインを出してくれるな」とか「味の説明がわかりやすかったな」と思えるお店に出合えたら、通ってお店の人とコミュニケーションするのがいいんじゃないかなと。別に味の表現にこだわったり、玄人っぽい会話をする必要はないんですよ。ただ、大事なのは「これが好きだ」と伝えること。何回か行けばお店の人も覚えてくれるだろうし、「じゃあ、いつも来てくれるからあれを抜栓しようかな」みたいな気分に自然となってくれると思います。家で飲む場合も同じです。東京ならナチュラルワインを扱ういい酒屋さんもいっぱいあるので、ネットではなくそういうお店で色々教えてもらいながら買うのが、より楽しむための近道なんじゃないかなと

岸さん

同じことを言おうと思っていました(笑)。僕なりに言い換えると、いいサービスマンに出会うのが大事。自分で選ぶのではなく、「この人が出すものだったら、何でも試してみよう」と委ねたくなるサービスマンを見つけるのは、ワインをより深く知る手がかりになると思います。そこは恋愛に似ていますよね。好きな人が薦めるものだったら、チャレンジしてみたくなるじゃないですか。

紫藤さん

出ました、恋愛担当(笑)。

田代さん

でも、岸さんの言うとおりで、同じ店に通うことの利点は、ただ好みのワインを出してもらえるってだけじゃないと思います。お店側からすると、お客さんの好きな銘柄を知っていても、数に限りがあるので、同じものを出せないシチュエーションも多い。だから、「好きかどうかはわからないけど、こういうのはどう?」と知らないものを薦められて、それを受け入れられる関係性ができていると、より視野が広がっていくと思うんです。好みを知ってもらうのはあくまで入り口で、次からは知らないものを薦めてもらいに行くというか。僕自身もそうやってワインを覚えましたから。

岸さん

実際、店の人と仲良くなると、「きっとこれ好きだからちょっと飲んでみな」ってコミュニケーションが日常茶飯事ですからね。

紫藤さん

こちらとしても積極的に話しかけてくれるのは嫌じゃないですから。むしろ、モジモジされてるほうが困る。もしどうしても話しかけるのが苦手だったら、この号の『ポパイ』を抱えてきてくれれば、しっかり対応しますけど(笑)。

プロフィール

明日から試せる、ワインがおいしくなる話。【前編】

田代翔太 

『MERCI BAKE』店主

たしろ・しょうた|1986年生まれ、栃木県出身。パティシエとして修業後、2014年に『MERCI BAKE』、2021年に『CHEZ RONA』を開業。番組では構成作家のような立ち位置。

talk 3
好きな人と一緒に1本のワインをシェアしよう。(by岸)

岸さん

味覚ってすごく曖昧なもので、同じワインでも、自分の状態や置かれた環境、それから一緒に飲む人によって、美味しいと思えるかどうかが変わってくるんですよ。だから、できるだけいい環境を整えるために、好きな人と飲むというのは、大事なんじゃないかなと。ワインではないんですが、僕は「日本酒って美味しいんだな」と気づいた日が明確にあるんですよ。それは一緒に飲んでいた男友達と喋っている時間が、めちゃくちゃ楽しかったから。浦霞かなんかだったんで、別に珍しい銘柄ではなかったんですが、そういう順番で不意にお酒に目覚めることもあるんですよね。

紫藤さん

本当に男だったの?(笑)

岸さん

本当ですよ(笑)。だから、ワインも同じで、まだ飲み慣れてない人は、好きな人と飲んだほうが美味しさに気づける可能性が高い。例えば、エコロジカルとかSDGs的な文脈で語られるものって、頭では大事だとわかっているけど、どこか自分の外側にあって、深い理解にまで染み入っていないことが多いなと思うんです。まずは自分ごとにしないと、のめり込めないんじゃないかなと。自分が好きな人と、自分がよい状態で1本のお酒をゆっくり飲むことで、突然これまで感じていた味とは違う味に感じるような、その場の環境や心の状態によって自分の感覚や理解のフェーズが変わるみたいなことってあると思うんですよね。

齊藤さん

それで言うと、ナチュラルワインは、抜栓した後の味の変化が激しいってところも重要なポイントなんです。例えば、熟成したシュナン・ブランなんかだと、味は変わるにせよ、抜栓してから意外と2、3日持ったりするんですよ。その点、ナチュラルワインは打ち上げ花火みたいなものだから、その日のうちに飲み切ったほうがいい。僕らがワインを勉強し始めた頃は、抜栓した後、バキュバンで一生懸命空気を抜いていたんですが、今はやっているお店もあんまり多くないし、僕なんかはバキュバンしているのを見ると萎えます(笑)。そうやって1本のボトルを飲み切らなきゃいけないところが、ワインはロマンチックなんですよね。

紫藤さん

そのココロは?

齊藤さん

もし1ℓだったら、1本開ければもう十分だと思うんですよ。だけど、ワインは750㎖なんで、2人いれば1本くらいは飲み切れる上、少し物足りない。そのとき、「もう1本いくのかいかないのか?」というドラマが生まれるんですよ。初デートの場合、もう1本頼もうってなったら、両思いだと思っていい(笑)。

岸さん

少なくとも、「これを飲み終わるまでは一緒にいようよ」ってアピールではあるでしょうね。

齊藤さん

だから、ワインは750㎖をめぐる冒険なんですよ。

岸さん

まぁ、男友達だったとしても、「この液体を共有できてよかったね」っていう幸せな気分になるときが本当にありますから、それを体験してほしいですね。

田代さん

でも確かに、1つのボトルをシェアできるのは、ワインと他のお酒との圧倒的な違いかもしれません。銘柄がどうかとかより前に、そういう独自の楽しみ方があるってことを知ってもらいたいですね。

プロフィール

明日から試せる、ワインがおいしくなる話。【前編】

岸 直人

アートディレクター

きし・なおと|1976年、神奈川県生まれ。番組では、メンバー唯一の非飲食店関係者として、リスナーに近い立ち位置からトークに参加。ただし、恋愛の話に関しては、ご意見番。

インフォメーション

明日から試せる、ワインがおいしくなる話。【前編】

SHIBUYA Midnight Wine Bar “1AM”

毎週月曜23時から渋谷のラジオで放送中。元は「オトナの恋愛トークバラエティ」と銘打っていたが、コロナ禍を経て現在のスタイルに。収録は紫藤さんの『Libertin』にて。