「それ、もう一回やって!」と言われても、人間の身体は毎回同じようには動かない。もし同じ動きを完璧に再現できるなら、サッカーはスーパーゴールだらけ、何度も同じ演奏ができるし、「奇跡」なんてものはなくなるだろう。日々コンディションが変化し、独特のリズムを持つ人間の身体には、同じ動きが二度とない。そんな「一回性」に着目し「再演」という行為を通して現代における生を見つめ直す展覧会が「在ることの再演」だ。
絵画や写真が目の前にある一瞬を記録しようとしてきた一方で、演劇や舞踊、パフォーマンスは身体を通して、現実の生をその場に立ち上がらせようとしてきた。それは、絶えず変化し、一度過ぎれば次に同じ瞬間は訪れない一回性の生を、現在の身体を用いて呼び起こし、時間や場所を越えて他者と共有しようとする芸術の営みなのだ。本展では、日韓5名のアーティストが「歴史」、「生命のつながり」、「女形の身体性」、「現代社会における身体感覚」、「テクノロジーによる人間」の再演をテーマにそれぞれ異なる視点から観察した生の姿を、展示空間に再び立ち上げ、「いま、ここに在る」ことの複雑さに迫る。彼らが「再演」を通して同じ動きや表現ができないのと同じように、自らが「再演」を見ることで感じる心の動きも一回限り。毎回同じことができない自分たちだからこその興味深い展覧会なのだ。
【歴史の再演】ー戦争の気配とともに生きる生ー
三野 新|MINO Arata
周縁化された場所やものに残る記憶や風景を繋ぎ、「ここ」と「あそこ」の中間項を見つけ前景化させることをテーマに研究と実践を行う三野新は、主に自身で撮影した写真や映像をもとに制作したフィクションを、自己と他者の身体やさまざまなメディアを用いて発表する領域横断的な活動を展開しています。
今回、三野は韓国の龍山米軍基地や戦後の占領期に関する歴史のリサーチ、また戦争が現在の日常生活や身体に及ぼしている影響への考察をもとに、戯曲「温室/オンシル」を書き下ろしました。本展では、その舞台となる温室を実際に展示空間に立ち上げ、「石」、「鉄」、「トラック」という三つのモノの会話によって紡がれる物語を、オブジェクト・シアター*の手法によってインスタレーションとして「上演」し、日本と韓国の関係をめぐる歴史を客観的な事実としてではなく、現在の自分自身の現実として捉え直すことを促します。
*モノを命あるものとして見立てて動かし、物語や感情を表現する舞台作品の形態
《Untitled (Research photographs)》 2025
写真
© Arata Mino
【女形の身体性の再演】ー現代の身体をとおして体現する過去の生ー
ウン・ジェピル|EUN Jae Pil
ウン・ジェピルは、移住の記憶という視点を通じて「帰属」や「故郷」の意味を探求し、簡単に翻訳できない個人的な感情や周辺的な歴史に焦点を当てています。彼の作品は、伝統と現代性、そして西洋中心主義社会によってしばしば定義される男性的・女性的な概念の境界を解体することで、言葉による説明を超越した感覚的な体験をもたらします。
2020年よりウンは、京劇の名女形・梅蘭芳(メイ・ランファン)が考案した女形を表現する12 のポージングと53 の手の動きを収録した希少な記録集との出合いをきっかけに、女形の研究を行っています。また、現存する数少ない京劇の女形の師匠のもとで演技の技術を磨き、自身の身体をとおして梅蘭芳の身振りを演じ直すことで、生物学的な性別に囚われないクロスジェンダーな身体感覚を模索してきました。本展では、ウンが梅蘭芳の踊りを体現するパフォーマンスや銅版画作品によって、かつて存在した女形の姿を現代に蘇えらせることを試みます。日本での作品発表は本展が初。
「Blue Night, Blue Shadows」2025
パフォーマンス
撮影:Sung Eui Suk
【生命のつながりの再演】ー関係の中で存在する生ー
キム・ドヒ|KIM Dohee
キム・ドヒは、「物質としての身体」が生み出す摩擦や熱などの動的なエネルギーに関心を寄せ、それらが伝達される経路を探索し、そこに自身の身体を介入させることで、自己と他者、人工と自然、生と死の間の境界が曖昧になる儚い瞬間を捉えることを追求しています。また彼女の作品は、即座の反応を引き出すことよりも、時間の経過に伴うエネルギーの堆積によって形成される感覚の層を明らかにすることに重きを置いています。
2018年よりキムは、人間の生命の根源を象徴する「おへそ」に着目し、人々のおへそを型取るプロジェクト「Navel Mountain」を継続的に行い、その過程の中で生まれるコミュニケーションを通じて、無数の人々との関係から成る生のつながりを体感する場を創出してきました。本展では、おへそのモチーフを拡張した鐘の彫刻作品《Navel Strike》を発表し、鐘を鳴らすという鑑賞者の身体的行為によって生じる音の振動を空間内に共鳴させます。
《Sea Snake Six Navels》2026
参加型の楽器彫刻、銅、インタラクティブな音響グラフィック・ システム、照明
撮影:Dohee Kim
【テクノロジーによる人間の再演】ー機械と人間の間を揺れ動く生ー
パク・ミンハ|PARK Minha
パク・ミンハは、実際の出来事や資料にもとづいた綿密なリサーチを下敷きに、SFとドキュメンタリーを融合し、映画や映像インスタレーション、出版物、音響作品など、多角的な実践をとおして、私たちの感覚世界を形作る枠組みを解読し、隠された物語を明らかにすることを探究しています。とりわけ科学や歴史、メディア技術から派生した視聴覚的な副産物である光学の系譜に関心をもち、モノや場所、オンライン・アーカイブに現れる副産物をたどることで、そこに宿る亡霊のような見えざる者の声を発見し、物語をとおして可視化することを試みています。本展では、今日のテクノロジー企業における盲目的な効率性や精度への追求といった資本主義的な欲望によって、人間の労働がロボットやAIに代替され、絶え間なく稼働する工場が大量消費社会を助長し、テクノロジーの超生産性に人間が支配されていく現実を前に、デジタルに還元できない人間性とは何か、生命とは何か、映像作品をとおして問いかけます。
《Time Paradox》スチール写真 2024 映像 © Minha Park
【現代社会における身体感覚の再演】ー社会の規範の中で形成される生ー
ク・ドンヒ|KOO Donghee
ク・ドンヒは、日常の何気ない出来事や、テレビ、インターネット、都市生活といった身の回りの断片的な要素を素材に、それらをサンプリングしながら作品を再構成し、その中に不条理で奇妙な事象を介在させることで、私たちの知覚を揺さぶり、当たり前の中に潜む違和感を浮かび上がらせます。また制作過程において、あえて即興的なハプニングやゲームのようなルールを設けて緊張感を与え、予測不可能な展開を呼び寄せます。その表現方法は、 映像、写真、彫刻など異なるメディアを融合させたインスタレーションを特徴とし、特定の政治的・社会的な課題を直接的に示唆するのではなく、社会のシステムの限界を、ユーモラスかつアイロニカルに取り上げ、観る者の視覚と心理に巧みに訴えかけます。
本展では、超情報化社会に従属する現代の私たちの意識や感覚を探る映像作品をとおして、社会的な日常生活の中で形成された私たちの身体的な習性や固定化された規範を攪拌します。
《Delivery》2019 インスタレーション 撮影:Yeonje Kim
インフォメーション
TOKAS Project Vol. 9「在ることの再演」
会期:2026年10月3日(土)〜2026年11月8日(日)
場所:トーキョーアーツアンドスペース本郷(東京都文京区本郷2-4-16)
時間:11:00-19:00(入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(10月12日は開館)、10月13日(火)
入場料:無料
Official Website
https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/exhibition/2026/20261003-7578.html
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