カルチャー
【対談】斎藤幸平×小野寺伝助/後編
2023年4月27日
photo: Wataru Kitao
text: Keisuke Kagiwada
小野寺
さっきおっしゃられたコモンって概念の中には、いろんなものが入ってくるのかなと思うんです。本で書かれていたのは、学校とか保育とか病院とか。僕がコモンに入らないのかなと思ったのは、住宅。さっきも家賃の話がありましたけど、僕の今の悩みが家賃なんです。最近子供が生まれたんですけど、今の賃貸だと手狭なので、もう少し大きくなったら引っ越さなきゃいけない。僕くらいの年齢になると、みんな家を買うんですよ。住宅ローンで。
斎藤
たしかに。
小野寺
「賃貸か? 分譲か?」論争って結構あって。YouTubeとかを見ると、ひろゆきさんとかホリエモンとか、あとはオリラジのあっちゃんとか、インフルエンサー的な人が論争に参加していて、みんな賃貸がいいって言うんですよ。でも、その「賃貸か? 分譲か?」って言う論争自体が僕は気に食わなくて。そもそもなんで住宅費に毎月こんなにたくさんのお金払わなきゃいけないんだろうってずっと思ってて。仮にそれが住宅ローンで、いつか自分のものになるとしても、毎月収入の結構な割合を持っていかれるわけじゃないですか。ただ、暮らすだけ、”いる”だけのために。なので、住宅がコモンの領域に入って、もう少し安心して暮らせるようにならないかなって思っているんです。斎藤さんの本を読む前は、ベーシックインカム1とかで家賃分のお金を配布すれば、住宅費が浮くから、安心感を持って暮らせるんじゃないかなと思っていたんですよ。だけど、ベーシックインカム自体も、斎藤さんの本を読んでいると、それはそれで資本主義の仕組みの中の仕組みみたいなイメージで、資本主義からの脱却にはならないのかなと。
1/政府が全国民に対し、決められた額を定期的に預金口座に支給するという社会保障政策。
斎藤
そうですね。例えば、ベーシックインカムで10万円配っても、その10万円をみんなが投資に回してしまったら、逆に不動産価格が上がってしまうわけで、今まで10万円だった家賃が15万円に上がってしまう。結局5万円分の補助にしかならないということは起こりうるわけです。だから私は、お金を配るより、今おっしゃったみたいに、住宅をコモン化していく必要があると思っていて。方法はいくつかあって、例えば、かつてのドイツみたいに、公営住宅をめちゃくちゃ増やす。今ヨーロッパでも減ってきちゃっているんですけど、自治体とか国が管理して、家賃の上限を安価に決めておくような公営住宅の数を……ドイツだと一番多い頃は4割くらいだったと思うんですけど、しっかり規制して制度として提供する。このコロナ禍で露わになったことの1つが、日本では住宅が権利として、人権の1つとして認められてないということ。つまり、仕事を失って、共働きでローンを組んじゃったのに、1人が失業したせいで、ローンが払えなくなって、家を出なきゃいけないみたいなことが、日本だと起こりうるわけです。ローン自体が1つの社会保障みたいになっている。分割すればなんとか払えるでしょという、民間社会保障になっていて、そのせいで、私たちは35年とか真面目にひたすら働かないといけない。こうして賃金奴隷化が進むわけです。だけど、仮に公営住宅がたくさんあれば、新しくも綺麗でもないかもしれないけど5万円で住める場所があれば、もっと違うことにチャレンジしたり、いろんなことをできる人たちが増えるかもしれない。今の会社がちょっと気に食わないから辞めて、別の会社に就活するということも、やりやすくなるわけですよね。
小野寺
そうですよね。
斎藤
あるいは、別の方法として最近よくあるのが、コーポラティブ・ハウス。つまり、住宅を協同組合化するわけですよね、マンションとかを。このぐらいの価格でこういうものを建てます、っていうのをみんなで決めて、みんなで出資して、みんなで建てる。メンバーシップ制なので、不動産投機のために部屋を買うことはできないわけです。実際、売る際にも、もともと自分が最初に買った価格で、その共同組合に売らなきゃいけない。 で、共同組合の人たちは、新しい人を自分たちで探して、また同じぐらいの値段で権利を売る。そこには人々の繋がりもあるので、共同で子育てをしたり、何かの活動をしたりもする。公共スペースを作ったり、共同キッチンを作ってみたりもする。スペインだと、民間のコンペで一番いい企画を出したチームに、あるエリアを開発する権利を、もちろんお金はかかりますけど、明け渡すなんてことも最近はあります。
小野寺
マジっすか。
斎藤
そういう形で、みんなで管理していくことができれば、いいですよね。まぁ、そういう伝統っていうのは、ヨーロッパには、スクワット2とか、やっぱりあるんですよね。家賃なんか払ってられるかみたいな、スクワットした後に、共同で建物とかコミュニティを管理していくみたいなことが。そういう実践がベースにあるから、コーポラティブ住宅なんかも、今ヨーロッパなんかでは増えている。
2/空き家や空きビル、居住者が長期にわたり留守にしている住宅などを無断占拠すること。
小野寺
そうなんですね。
斎藤
ただ、「コモン」はいろんなところにあるので。ライブハウスとかもコモンの1つだと思うし。ライブハウスってオーナーだけじゃ何もできないわけですよ。演奏するバンドの人たちや、お客さんとかも必要。入場料はかかりますけど、そこにあるカルチャーは非常にコモン的だし、すごい有名なバンドが外国から来て、チケット代は3万円という世界とは全然違うものがひろがっている。
小野寺
今の話を聞いて思ったんですけど、ライブハウスとか、近所の焼き鳥屋とか、そういう街の文化が僕はすごい好きなんですね。郊外に行くと、チェーン店ばっかで、人の匂いが全然しない。一方で、今自分の暮らす街っていうのが、どんどん変わってきているような気がしていて。例えば、土地が更地になって、次に何ができるかっていうと、だいたい駐車場かマンションじゃないですか。そういう個人の営みが街から消えていっているように、僕は感じていて。再開発で一見賑やかな街ができあがっても、裏には企業がいて、企業主体で作られている。そういう街からは、自分の街、”おらが街”って感じがなくなっていくと思うんですよ。街にもコモンがたくさんあると僕は思っているし、もっとあってほしいと思っているけど、資本主義の仕組みだと、土地が空きました、じゃあ、何が儲かるか、駐車場かマンションだっていう話になって、どんどん街がつまんなくなっていく。じゃあ、どう振る舞えばいいかなと思った時、やっぱり自分が好きなライブハウスだったり、本屋さんだったり、焼き鳥屋に行って、お金を払う、消費するってことが、街の共有財産を守ることになるのかなと。お金の使い方自体にも意志を持つ、どこで何を買うかっていう意志も、社会を変える1つの取り組みなのかなと思うんです。それはものすごい革命的なやり方ではないと思うんですけど、結構大事なのかなと思っていて。本の中でも、斎藤さんは「例えば、私たちがコンビニとかファストフードでお金を使わなくなったら、資本主義はガラガラと音を立てて崩れるかもしれません」と書かれていましたが、そうだよなと思ったんです。資本主義の中でお金をどう使うかっていうのも、社会を動かす大きな運動になるんじゃないかなと僕は思っています。
斎藤
そうですね。私たち何も作れない無力な存在なんで、どうしてもお金使わないといけないわけですが、どこで使うかっていうのはぜひ考えてほしいですよね。さらに、そもそもお金を使わなくていいような領域っていうのが、日本ではなんでこんなに少ないのかってことも考えてほしい。例えば、日本では公園がなんでこんなに少ないのか。緑がまず、東京には少ないですけど、本来そういう場所は、もっとあって然るべき。あるいは図書館であるとか、国営プールとか、なんでもいいですけど、そういうものを社会全体の富として、もっと増やしてもらうように、自治体とかに働きかけていくことも大事です。例えば、緑が少ないという問題に関して言えば、それこそ今、外苑前の銀杏並木を伐採して再開発するという、とんでもない計画が進行中です。けれども、フランスのパリでは、2車線の道路の1車線を潰して、一方通行に変えて、代わりに自転車レーンを整備して、余ったスペースに木を植えるという流れも出てきています。そうすると街に緑が増えるし、車と自転車の間に木があれば、自転車も車から守られるし……とか、そういうことが本当はもっとできるはずなんですよね。こういうことを市民の中から行政に届けていかなきゃいけない。いわゆる、ミュニシパリズムというやつですよね。地域自治体主義とか地域主権主義とか、いろんな翻訳がありますけど。最近、東京だと杉並区で岸本さとこさんという女性の方が区長になったんですね、現役の区長を破って。その背後には、ミュニシパリズムがある。彼女はもともとヨーロッパにいた人で、NGOで働いていたんだけど、コモンとかミュニシパリズムの考え方を持って帰ってきて選挙をした。杉並は、さっきおっしゃっていたような個人の商店もたくさんあるし、再開発をよく思ってない市民もいるんですよね。高円寺とかには、それこそバンドをやっている人たちもたくさんいるので。そういう人たちが、岸本さんに投票したわけですけど、このことが、いろんなところで開発が進み続けている今の東京における1つの転換になってほしいなと、期待しています。
小野寺
ヨーロッパだと市民の働きかけで、行政が動くって流れがあるんですね。
斎藤
働きかけられなかったら、行政は何もしないですからね。さっきおっしゃったみたいな買い支えるっていうのもそうだけれど、同時に悪いものを買わないためのボイコットみたいなキャンペーンをやったり、消費者のレベルもヨーロッパは高いですよね。あと、ヨーロッパで言えば、今労働者はいろんな業界でストライキを起こしているし、市民たちは自治体レベルで行政への働きかけをしているし、多層な動きがあるんです。1つにまとめて言うなら、資本主義下での行き過ぎた公共サービスのカットであるとか、労働条件の悪化であるとか、環境の破壊であるとか、社会の富とか暮らしのウェルビーイングに対する防御を目指した運動ですよね。まさに僕がコモンと呼んでいるものですけど、資本の独占とか儲けの論理から、みんなのための領域としてのコモンを守っていこうということが、1つのトレンドになりつつあるっていうことですよね。
小野寺
日本だとストライキがあんまりないじゃないですか。
斎藤
全然ないですね。
小野寺
日本では、下からの動きで社会が変わるみたいなことを、なかなか目に入ってこないと思うんですよ。
斎藤
それも不思議な話で、例えば70年代くらいに遡れば、水俣病とかもそうですけど、公害問題に対して、市民や学者、弁護士たちが、自分たちで水を検査したり、座り込みをしたり、いろんなことをやっていた。深刻な差別がある中で打ち勝って、行政や企業に責任を認めさせるという運動が日本全国であったわけです。そのおかげもあって、さまざまな規制がかかって、空気なんかも昔に比べればいい状態になっている。それに、この間の反原発の運動であるとか、それなりに盛り上がることはあった。にもかかわらず、私たちはなぜか「社会は変わらないんじゃないか」という風に思わされ、資本主義の中で自己責任で生き残らなきゃいけないという思いに飲み込まれていっているわけです。それは資本主義にとってめちゃめちゃ都合のいいこと。だから、そういう冷笑主義を乗り越えるような訴えかけが必要かなと。日本の場合、それっておかしいな、ダメなんじゃないかって、気がつくところからのスタートにはなっちゃうんですけど。そういうことに気がつく人が出てきてほしいなと思うし、今、海外ではZ世代なんかを中心にして、そういう動きが本当に盛り上がっている。だから、かつて僕がアメリカの音楽を聴きながら、反戦の活動とかを知って、そこから世界が広がっていったように、アメリカの音楽とか、ヨーロッパのグレタ・トゥーンベリとかに触れながら、視野が広がっていく世代が出てくることを、期待しています。
小野寺
今の日本を生きる人たちは、この世の中でどうやって生き抜いていくかを考えていると思うんですけど、その思考がやっぱり今の仕組みありきになっているように感じるんですよ。働くだけじゃ足りないからNISAとかiDeCoとかで投資して、とりあえず老後の資金を貯めようとか、コミュニケーション能力を高めて、自分の市場価値を高めて、うまく世渡りしていこうとか。でも、そういう状況自体を疑うってことが、最初のステップとして重要なんですよね。
斎藤
そうですね。もちろん、別に資本主義のルールそのものを全部否定しろと言っているわけではないんですね。とはいえ、私たちがまずしなければいけないのは、必要に迫られてそういう生活をとりあえずしながらも、さらに加速させるように批判的に振る舞ったり、あるいは半身に構えて距離を取りつつ、これっておかしいんじゃないか、もっと別の道はあるんじゃないのか、こうすれば自分のライフプランを変えていけるんじゃないかとか、そういうことを考えながら暮らしていくこと。それだけでも、社会の中に違いが出るだろうし、1人1人の生き方の中にも違いが出ると思う。そういう中で、きっかけがあったり、余裕があったりする時に、コモン的なものを耕すために、あるいは社会の運動を広げるために、活動する人たちが少しずつ出てきてほしいですよね。
小野寺
なるほど。最後に、そういう気づきを与えてくれるような、これを読めって本ありますか。
斎藤
本ね……それは僕の『ゼロからの『資本論』(笑)。いや、事前にいただいた質問に、映画の話があったと思うんですよ。
小野寺
ああ、映画でも。
斎藤
僕はやっぱりね、今日はパンクの話をしにきた……わけじゃないですけど(笑)、テーマではあったんで。石井聰亙の『爆裂都市 BURST CITY』3っていう80年代の映画があるんですけど、初めて観た時に衝撃を受けて。何の話か全然わかんないんですけど、ああいう時代が40年くらい前の日本には空気感としてあったんだと知れるし、今の日本人が失ってしまったスピリットみたいなものが感じられるんですよ。泉谷しげるとか陣内孝則とかが出ているわけですけど、そういう人たちを含めたある種のカルチャーとか、エネルギーだけには満ち溢れているよくわからない世界とか(笑)。高校生ぐらいの時に、今みたいにネットがない中、どうやって観たのかもう覚えてないですけど、「全然意味わからない!」と思いながら、曲がりなりにも衝撃を受けたのは覚えています。若い人には、そういう衝動を忘れずに、丸く収まらずにいてほしいですね。劇的な変化をくぐり抜けなければいけない時代に差し掛かっているのは間違いないので。でも、それはチャンスでもあるわけですから、ポジティブなエネルギーに変えていってほしいなと思います。
プロフィール
斎藤幸平
さいとう・こうへい|1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は経済思想、社会思想。主な著書に、ベストセラーになった『人新世の「資本論」』の他、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』『ゼロからの「資本論」』など。
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プロフィール
小野寺伝助
おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。
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