ライフスタイル
【#4】もう会うこともない
2022年5月3日
illustration & text: Reiji Fukitsu
edit: Yukako Kazuno
1ヶ月間の限定連載も今回が最後となりました。キューバの女ドゥネ、おにぎりのM少年、華麗なる脱獄者Lさんなど、様々な”もう会うこともない”人について書き連ねて参りました。こうして書いてみると、“もう会うこともない”人やものが、どんどん浮かんでくるから不思議です。6年前の高円寺で、文庫本とラスクを万引きしていたホスト風の男性。8年前の広島、校舎で大発生し駆除された「キノコバエ」の皆さんのこと。忘れていた記憶が洪水のように溢れますが、せっかく最終回なので万引き男やキノコバエは割愛することにします。
あれは、2017年12月のメキシコでした。訳あって私はひとり旅をしておりました。行くあてもなくサボテン畑やマーケットを徘徊する日々。最悪な環境の宿を転々とし、歩き疲れてやっとみつけた可愛らしい安ホテルに泊まっていました。部屋の床に敷かれた煤けたピンクの絨毯は洒落ていました。それでも孤独な日々に変わりはありません。孤独を感じたのは、街がお祭りの渦中だったこともあるでしょう。あの頃サンクリストバルの街では「グアタルーペ祭」というお祭りをやっていて、毎日爆竹がひっきりなしに鳴るので鼓膜も破れそうでした。祝祭の街で孤独をぶら下げ、さらにお金も無さそうな異邦人の私。
興味を示してくれるのは唯一、安ホテルの息子(16歳)だけでした。毎晩私を見つけては軽い散歩に誘ってくれました。彼と小さな教会の周りを歩くと自分もメキシコ人になったような気がして、夜の寒さが気になりませんでした。ムチっとしたその少年は「いつか日本に行って必ず君を見つけて、医者になって結婚する!」というなんとも熱い言葉をくれました。そしてハムスターのフンを繋げたような黒いロザリオを私に贈ってくれました。そこまでは楽しかったのですが、ある日ホテルの息子であるという権限を駆使して私の部屋に勝手に入ってきてからは鬱陶しい存在となり、そろそろこの宿を出たいなと思うようになりました。これが「旅の重さ」というやつでしょうか。
そんなある朝起きると階下から大勢の話し声が聞こえてきました。階段を降りてみると、なんとホテルにメキシコ人の修学旅行生達がいたのです。どうやら宿泊するようです。突然現れた30人くらいの若い集団を私は凝視しました。あちらも、慣れないタコス生活で顔色を悪くした日本人がじっとみてくるので驚いたのか、話しかけてくれました。そしてどういう経緯か忘れましたが、彼らの修学旅行に同行することになったのです!ホテルを去りたかった私には好都合でした。翌朝6時ごろバスに乗り、修学旅行が始まりました。スペイン語があまりできないので、バスの行き先を聞いてもよくわかりませんでした。隣の席の男に貰ったハチミツキャンディーの焼けるような甘さが私の不安を掻き立てました。
修学旅行生達の中の3人をよく覚えています。そのうち2人は、ちびまる子ちゃんでいうところの「まる子」と「小杉」でした。もう1人は高校生なのに髭を生やした男で、ハリーポッターでいうところの「ビクトール・クラム」です。私は特にその3人、まる子、小杉、クラムと仲良くなりました。まる子は、まる子なだけあって面倒見がよく、異邦人の私の世話を焼いてくれました。小杉とクラムは、コカインがいかに旨いかという話を私に聞かせてくれました。退屈な話を聞きながらバスに揺られること5時間。サボテンの山の中を通り抜け、なんだかものすごく自然があふれる場所に着きました。これは、本当にどこだったかわかりません。もう2度と行くことができないでしょう。どうしてあのときメモしておかなかったのか悔やんでいます。とても綺麗な織服を着た先住民の人たちがいる、酸素の薄い場所でした。
メキシコの修学旅行は自由行動らしく、到着してすぐまる子、小杉、クラムとご飯を食べることになりました。レストランは、メキシコでポピュラーな「マリンバ」の生演奏付きのレストランでした。クラムが「俺はマリンバの近くの席でなければ嫌だ。」と言い出し、席が空くまで待ちました。クラムのような人もマリンバを聴きたがるのか、と驚いたことを覚えています。まる子のすすめでトマトと豚肉の辛く煮たようなものを食べました。
その後、滝を見に行くという修学旅行っぽいことをして、まる子や小杉たちと集合時間までの暇をつぶしながら散策していました。突如として、大自然の中にユーフォーキャッチャーが1台現れました。土の地面にためらいもなくドーンと置かれて頼りなく光るユーフォーキャッチャー。その前を歩いて通り過ぎる瞬間、丸いガラスケースの中に黄緑色の大きい変な鳥がいるのが目に止まりました。しかし歩みを止める程注意を引かれた訳でもなく、前を通り過ぎながら「この鳥とわたしはもう一生会うことはないんだろうな。」と思いました。「でもちょっと欲しいな。」とも思いました。
その後起きたことは、今でも鮮やかに蘇ってきます。小杉が突然道を戻り、無言でユーフォーキャッチャーにコインを入れたのです。そしてなんと一発で鳥を掴み取り、無言のまま私に渡したのです!奇跡と感謝に言葉を失う私に、微笑みひとつ見せることなく、小杉はまた道を歩き始めました。鳥をよく見てみると、思っていた以上に変です。黄緑の体毛をしていて、赤いフェルトのトンガリ帽子を被っているのですが、帽子の先っちょにも何故か黄緑の体毛の塊が乗っかっていて、すごく不自然なのです。「この鳥に名前をつけてくれ。」と頼むと、クラムが「コカイーナ」と言ってニヤニヤしました。「こいつはペリカンで、ペリカンはコカインの隠語だから…イヒヒ。」と言うのです。小杉もイヒヒと笑います。コカインに頼りすぎている青春に呆れましたが、「コカイーナ」という名前があまりに似合っていたので採用することにしました。
修学旅行御一行と私は、その後目指す街が別々だったので私はバスを降りることになりました。親切にも町外れの大きなステーションまで送ってくれました。バスを降りる直前、ガラス窓から見た夕暮れの空がすごく寂しくて、まる子や小杉やクラムともう一生会うこともないということにふと気がつき旅の悲しみが一気に押し寄せてきました。だから大きく手を振って別れました。遠くなっていくバスに、わたしはその後生きていく別々の未来を思って不思議な気分になりました。
帰国して、修学旅行生たちの故郷「ベラクルス」について調べると、麻薬戦争の被害を受けている街だと知りました。まる子や小杉やクラムが麻薬戦争に巻き込まれることなく、幸せにマリンバを聴いていますように。そして、私の部屋で今日も変な顔をしているコカイーナに、いつか故郷の村を見せてやるのが私の優しい夢になりました。
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不吉霊二
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