TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
LIFESTYLE

【#1】「待つ人」

2021.12.09(Thu)


illustration & text: Shizu Mizuno
edit: Yukako Kazuno

 かのマザー・テレサが作った「死を待つ人の家」という有名な施設があります。一般的には慈善活動の場として有名ですが、中学生の時に初めてそれを知った私はシンプルに「名前ひどすぎるだろ……」と思いました。慈善をやっているからといって、どうなんでしょうか。「死を待つ」というスタンスではない方も「待っている感じ」を出さなければならないなどの弊害があったのでは。

その後、マザー・テレサは社会貢献の功績が高く評価されている反面、自身は高度な医療を享受しながら困窮者に対しては医療を施さなかった等の非難の声もあると知り、ある程度納得をしました。この世には往々にして無理なレッテルや肩書きが蔓延っているものですが、流石に「死を待つ人」は程がある。確かに、言ってしまえば全ての人類が「死を待つ人」ではあるのかもしれませんが、言葉にしてしまう豪胆さ。とはいえ、あえて広告的なレッテル貼りをすることで世間の耳目を集めて支援を広げるなど、そこにはより高次の戦略的意図があったのかもしれませんが。

 とかく「待つ」という言葉のニュアンスには否定的な意味が込められがちです。「考える人」はいいことをしているっぽいから銅像にしてもいいかなという気がしますが、その一方で「待つ人」となると、どうか。個人の庭などに設置するのは大丈夫でしょうが、市役所前などに設置をしたら怒られそうな雰囲気があります。なんとなくですが、市役所前に「待つ人」像がある市町村というのも、いずれ限界集落になりそうであまり縁起が良くありません。やはり人間の性質として、自己の意識や認知に意味づけすることをポジティブに捉え、その反面、場当たり的に目の前の現象を通り過ぎるような状態はネガティブなものとして位置づけられているのでしょう。当然、人生の渦中には決して意味づけされることがない豊かな時間の流れもありますが、その場合は「待つ」という言葉は決して当てはまらない気がします。

 「待つ」に関して、私が目撃した最高の使用例があります。私が田舎から上京して恐る恐る東京のライブハウスに行った時のことです。当時の私にとって地下にあるようなライブハウスは、『北斗の拳』の荒くれが大集合しているようなデンジャラスゾーン。ともかく無難に過ごせれば……とステージを見ていると、演奏を終わったパンクスタイルのミュージシャンの方がこう述べました。

「電子レンジの前で……   待つな   !!!!」

 その後は怒号と歓声でかき消されてしまったので聞き取れませんでしたが、おそらく演者の方は「1秒1秒を無駄にするな」というようなことが言いたかったのではないかと思われます。世にも恐ろしい荒くれ者の集いの場に思えていたライブハウスが、ややお正月の実家のような親しみのあるものに感じられた瞬間でありました。「死を待つ人の家」の名前を改名することができるのであれば、私はこうします。

「電子レンジの前で待たない人の家」

プロフィール

水野しず

みずの・しず| 1988年生まれ、岐阜県多治見市出身。コンセプトクリエイター、ポップ思想家。武蔵野美術大学映像学部中退。ミスiD2015グランプリ受賞後、独自性が高いイラストや文筆で注目を集める。新しいカルチャーマガジン『imaginary』編集長。著書「きんげんだもの」。
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