カルチャー
第4話: 10フット
文: ジョイ・オービソン
2021年9月6日
text: Peter O'Grady as known as Joy Orbison
photos: Toby Goodyear
edit (Japanese): Wataru Suetsugu
2021年 8月初出
僕が子どもの頃、ダンス・ミュージックとグラフィティは手と手を取り合っていました。学校で、袖に隠したイヤフォンでミックステープを聴きながら、教科書の後ろに落書きをして殆どの時間を過ごしていたのを覚えています。10 footは、幼少期から現在に至るまで、僕の人生に絶えず存在してきたグラフィティ・ライターです。実際、彼の作品からはどうしようと逃れられないんです。Old Kent Roadから東京やニューヨークまで10 footの作品はいたる所に存在していて、僕はそれがとても好きです。ユーモアと親しみやすさがあって、いつも惹きつけられています。アーティストから作品を見ることを強制されているような感覚を覚えることはなくて、それよりも、描くことを楽しんでいて、見る人たちにも自分と同じように何かを楽しむよう背中を押してくれているように感じます。
僕たちは、数年前に共通の知人を通して知り合ったのですが、このコラムのために質問をしてみよう、と先日ふと思い立ちました。個人的に、グラフィティ・ライターのアティチュードにかなり魅了されていて、時々、作品を通して疑似体験をしているような気持ちになることもあります。最近描かれた作品で僕の心に響いたものがあったので、今回はどうしてもそれについて話をしたいと思ったんです。
Joy Orbison(以下JO):「Metalheadz Recordings」とDJ Kemistryに捧げたVauxhall駅のグラフィティは、みんなの注目を引いたみたいですね。最近では、グラフィティと音楽の繋がりが見えにくくなっているけど、あの作品は僕を含め沢山の人の心に響いたと思います。あの作品に込められた思いとはなんだったんですか?
10 foot:Kemistry(そして、彼女のDJパートナーであるStorm)は、自分にとってすごく重要な存在。気持ちを落ち着け、人を惹き付ける、エレガントなサウンドをハードウェアを用いて作り出した。彼女たちは、穏やかでありながらも野蛮なことをしようとしてるサブカルチャーの中道派を歓迎し評価する人などいないことを理解していた。
もしクラシックの音楽家へトリビュート作品を作るとしたら、それは大理石の彫刻になる。Kemistryへのトリビュート作品を作るなら、それはクロームか黒のイリーガルなグラフィティでなければならない。なぜなら、ロンドンのグラフィティとドラムンベースは、同じ一本の木に実っているのだから。
RolandのサンプラーはHammeriteのスプレー缶。音のぶつかり合うミックスは線路へのジャンプ。ZonkとCosaは線路のSkibbaとShabbaで、Shu2(ロンドン史上最高のライター)は車庫のDoc Scottだった。全く同じ時期に活躍していた、先験的で、予想不可能で、他を寄せ付けない存在。2つの文化は同じように1997年にピークを迎え、その後騒乱を起こし、いくつかの作品だけが残され、朽ちていった。
話が長くなって申し訳ないが、2つの文化の関連性は他にもある。我々の時代が過去に目を向けているのに対し、あの時代は未来に目を向けていた。しかしどこかで文化は大きく道を間違え、今我々はその分岐点へと戻ってやり直したいと強く願っている。1997年、赤い錠剤※が我々をTony Blairへと導き、インターネットとメジャー・レコード・レーベルが急激に勢いをつけた。そして青い錠剤※が、不気味なサウンド、何かが激しくぶつかるサウンド、光り輝くサウンド、メンタズムス、そしてパイレーツ・ラジオを提供してくれた。
※映画「マトリックス」で主人公のネオは赤いカプセルと青いカプセルを差し出され、選択を迫られる。
90年代のグラフィティとドラムンベースは、消費されることのないフューチャリズムとして存在している。それはその存在が大きく認識されることはなかったから。だからこそ、ドラムンベースが生まれて四半世紀が経ったにもかかわらず、未だに未知な存在で、未来的な音に聴こえる。
JO:あのロケーションも強烈でしたね。
10 foot:確かにそうかもしれない。あの場所を選んだのは、多くの人々の目に止まるだろうと考えたから。だけどそれ以上に、Vauxhallが岐路に立たされている地域であることが理由として大きい。
あのエリアは、妙なことにZone1の地方自治体の区域だ。治安は良くないけど住み心地の良い居住区で、1980年代の無断居住者の残存者、そして沢山のポルトガル人が住んでいる。最近は、テムズ川のカタール国のような存在になってきた。新しい超高層ビルが建ち、新しい(バカみたいな堀まである)アメリカ大使館まで出来た。
超高層ビルの数々は、それぞれ異なる色を身にまとっていて、その一つ一つがデカトロンのヨガマットを思い出させる。タンジェリン、ターコイズ、ブラマンジェ、マンキー・モーヴといった様々な色のヨガマット。ビルボードから、そのエリアがいかに”多様”で”活発”で”カラフル”であることが理解できるが、一方で、利益を生むことができるフラット・ホワイト・エリアに変わろうとしているのがわかる。
イリーガルなグラフィティは、この変化に反するもの(人々がスマホから目を離ししっかりと見てくれたらそれに気づくはず)。メインストリームな思考回路において、イリーガルなグラフィティは荒廃だと考えられていて、Banksyの作品をトイレに飾っている美術家気取りの自由主義者たちまでもが「メッセージ性が全くない」と思っている。
JO:ああいう作品を見ている時、楽しみの半分はライターがどうやってあんな場所に作品を描けたんだと想像すること。それがアクセスしようがない場所であるほど、自分ならどうするだろうと想像を膨らませてしまう。だけどその多くが謎のままで、途方に暮れてしまうんです。
10 foot:だろうね(笑)。駅が閉まっている時でさえセキュリティが巡回しているから、ライターたちが秘密を明かすことは殆どない。MI5本部から線路を見渡すことができるし、線路は地面から離れた高い場所にある。だから、逃げ道は本当に限られている。通報されてヘリコプターが現場に到着するまで10分もかからない。
2021年現在、ロンドンのライターたちは、起訴されたくなければ、準軍事的なアプローチをとる必要がある。だから黒いトラックスーツに、黒いバラクラバを被り、黒い手袋を付けて、携帯電話はプリペイド式を使い、複数の逃走経路を用意する。
線路にたどり着くには、約9メートルの高さまで登らなければならない。そこから線路沿いを歩く。まるで新しく出来た渓谷のような超高層ビルが脇にそびえ立っている。ビルにいる人たちからいつ見られたとしてもおかしくないから、少しやっかいだ。サードレールにつまずかないよう気をつけながら、360度全体に注意を払う必要がある。金持ちのアラブ人や中国人の学生は、大抵警察に通報することはない。唯一有難いのは、ビルの部屋が殆ど空室ばかりなこと。
プラットフォームには40人もの作業員が蛍光オレンジの制服を着て、大型のハンマーと道具袋を抱え座ってた。作業員は多くのミッションを台無しにしてくれる。だから、彼らが歩き去ってくれた時は、神様が微笑みかけてくれているようなもの。そのタイミングで、描き進める。
毎回一筋縄ではいかない。グラフィティは上手くなった時にやめればいいと言われているが、ロンドンでは、周りに誰かいないか振り向いてばかりで描くことに集中できないから、上達することがない。喜ばしいことに、まだ引退するな、と言われているのと変わらない。
Vauxhall駅でも、何度も頭をかがめ、セキュリティから隠れ、日の出ギリギリで完成させることができた。
JO:ワォ。(さっきの音楽とグラフィティの例えを続けるなら)まるでクラブを出る瞬間みたいですね。完成させた後はどんな気持ちでしたか?
10 foot:高揚感!グラフィティ・ライターのような考え方をする人なら誰もが、ロンドンがトロール船の網のような街であることをわかっている。取り乱した魚が、自分たちを捉えたナイロンで何が起こっているのかを把握しようともがいている。太った魚が穴を塞ぎ、大きな魚が行く手を遮っている。だから、空いたところを見つけたらダッシュしなければならない。Kemistryのヴィジョンに向かって駆け出したように、目的に向かって走りだす。
JO:素晴らしい話でした。時間をさいてくれてありがとう。また近々。
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