カルチャー
「鳥見」こそは紳士淑女のホビーである。
2023年4月30日
photo: Hiroshi Nakamura
text: Kosuke Ide
春うらら。新緑の木々の頭上から漏れ聴こえてくる、ツピーツピーツピーツピー……ハイ、何の鳴き声だか分かる人! そういうのがサラリと答えられる人って何だかかっこよくないか。山やら森はもちろんのこと、大都市の空にだって無数の鳥たちがいるわけで、彼らは同じ街に暮らす隣人的存在でもある。そんな身近な彼らについて、僕らは知らなさすぎるのではないだろうか! などと突如思い立って、鳥を、バードたちを見る知る旅に出ようと、周囲に聞き込みを始めたら、いるいる、いるじゃないか。枝葉に隠れて姿を見せない鳥たちのように、都会の隙間に静かに潜むアツい「鳥見愛好家」たちが。知らなさすぎたのは鳥についてだけじゃなかったのだ。
ゼロから始める、シティ・バードウォッチャーへの道。
そんなシティ・バード・ウォッチャーの一人が、ニューヨーク出身・東京在住のオライオン・ジョンソンさん。ロンドンを本拠地にNY、トロントなどで活動するバードウォッチンググループ「フロック・トゥギャザー(以下FT)」日本支部の代表も務めている。デザイナーやスタイリストなど、ファッションやクリエイティブ業界で働くメンバーが多く所属する同グループは鳥見に出かける際のスタイルがかっこよくて、以前に本誌POPEYEで取材したこともあるほど。
「僕も4年ほど前にFTに参加して、バードウォッチングにハマったんです。日本在住の外国人を中心にしたアマチュア・バードウォッチャーのコミュニティを作って、今はLINEグループのメンバーが90人くらい。週末などに集まって、関東近郊を中心に野鳥を見に出かけてます。山梨や秩父方面に行くことが多いけど、都内でも東京港野鳥公園(大田区)や鳥類園ウォッチングセンター(江戸川区)あたりはもちろん、井の頭公園や善福寺公園(ともに杉並区)なんかにも行ったり。実際、どこにでも鳥はいますから、少し大きな公園であればいつでもバードウォッチングができるんですよ」
経験豊富なオライオンさんを案内人に、さっそくバードウォチングに行ってみよう! というわけで、POPEYE Webスタッフたちを招集。もうひとりのシティ・バードウォッチャーとして「Traditional Outdoor Designs®」の佐々木雄介さんにも参加していただき、オライオンさんおすすめの「水元公園」(葛飾区)へ。江戸時代に築かれた用水池に沿って広がる、その名のとおり水辺の豊富なこの公園は、都内のバードウォッチャーたちの聖地のひとつでもあるという。春の柔らかい陽気の中、東京ドーム20個分!という広々とした公園内を歩くだけでも心地いい。
さて、ここでバードウォッチングに必要な道具、必携ギアを紹介したい。まずは、双眼鏡! そして……それだけ。いや、他にも色々、持ってると良いものもあるけれど、ぶっちゃけ双眼鏡さえ持っていれば問題ないようだ。バードウォッチング=鳥見、つまり野外で野生の状態で生活している鳥を観察することがその目的であるからして、究極的には「見る」ことができれば良いわけで。しかし、野鳥たちは人の気配に敏感なので、おいそれと近づくわけにはいかない。そこで役立つのが双眼鏡。もちろん双眼鏡にもさまざまな種類があるけれど、ひとまず倍率が8倍(〜10倍)、対物レンズの口径が20mm(〜40mm)で、自分の手に馴染むものを選んでおけば問題ないとのこと。
到着後すぐ池へと目を向けると、白いボディにグレーの羽、くちばしと足の赤い大きな鳥が数十羽も集い、優雅に水面を移動しているじゃないか。「あれはユリカモメですね」と佐々木さん。さっそく双眼鏡を取り出しピントを合わせると、鳥の頭や身体の隅々まで詳細に観察できる。か、かわいい……。
こうした水鳥は初心者でも見つけやすいが、木々の間にいる鳥はやっぱり見つけるのが少し難しい(だから、木々の葉が落ちて鳥たちの姿が見えやすくなる冬が鳥見のベストシーズンだ)。そんな場合にヒントになるのは、鳥たちの鳴き声。彼らの声が聞こえた場合は、その方向を探して、まずは目で鳥を見つけて、その後で双眼鏡を覗き込む。ポイントは、双眼鏡を構える際に、鳥から視線を外さないこと。下を向いたりしてしまうと、レンズを覗き込んだ際に視界が狭くなり、鳥を見失ってしまうからだ。「春はさえずりの季節で、声が聞き分けやすいんです。インターネットで鳴き声を参照できるサイトなどもあるので、チェックして覚えておくのも楽しいですよ」(オライオンさん)。試しにじっと耳をすませていると、上方から「ピーヨピーヨ」と甲高く可愛い鳴き声が。どこだろう……と探してみると、灰色の鳥が見つかった! どうやらヒヨドリだったもよう。ツバキの蜜を懸命に吸っている姿が何ともいじらしい。
林道を歩いて「バードサンクチュアリ」と呼ばれる探鳥スポットへ向かう。野鳥たちが暮らしやすい環境の保全のため人の出入りを制限しているエリアで、区域内の3箇所に観察舎が設置されている。塀に穿たれた小さな窓から外を覗き込んでみると、水辺に佇む水鳥たちの姿が目に飛び込んできた。白く大きなのはダイサギ、背中が灰色でさらに大きいのがアオサギ。ふと空を見上げれば、遠くにカラスと一緒にノスリ(鷹の一種)が仲良く飛んでいる。じっと眺めていると、そこへこれまたカラス大の猛禽類が大きな羽を広げて颯爽と現れた。「オオタカだ」と誰かが声を上げた。オオタカはかつては「国内希少野生動植物種」に指定されていたこともある鳥で、ここで見られるのは珍しいことだとか。「(我々を歓迎して)サービスしてくれてるんだよ」と一緒に見ていたバードウォッチャーの男性が笑う。公園の片隅で皆でひとつの対象を追いかける、この奇妙な連帯感が面白い。
「ハンティング」でなく「ウォッチング」の粋な楽しみ。
鳥を判別するには、簡単な野鳥ガイドブックなどを持参してその場で調べるのもいい(日本野鳥の会が発行するハンディ図鑑がオススメ)。とはいえ、あまりに多い鳥の種類を現場の短い時間で特定するのは初心者には難しい。まずは眺めて楽しむだけ、あるいは写真に撮って後で調べるというのが良さそうだ。鳥たちの写真を撮るには大きな望遠レンズのカメラが必要と思い込んでいたが、オライオンさんが「裏技」を教えてくれた。双眼鏡の接眼レンズにiPhoneのレンズをくっつけて撮影するというもので、これが意外によく撮れる!
鳥の名前を判別したいとき、もうひとつのおすすめは「周りの人に訊く」こと。こうした公園には「この道ウン十年」のベテラン・バードウォッチャーの方々も少なくない。やたらデカい双眼鏡やカメラを携えた彼・彼女らに思わず怯む気持ちもわかるけれど、思い切って話しかけてみると、意外にも皆さん親切に答えてくれる。バードウォッチャーはビギナーに優しい。鳥見は紳士・淑女のホビーなのだ。
そもそもバードウォッチングは釣りなどのハンティングとは異なり、「見て楽しむ」アクティビティ。写真も撮らないとなれば、後に残るものは何もない。暖かな春、自然の中で日がな腰を落ち着け、静かに鳥たちの暮らしを眺める――何とも粋な休日の過ごし方じゃないか――などと思っていたら、突然、目の前に大勢のカメラを構えた紳士淑女の皆さんが大集合し、ザワついている現場に遭遇! いったい何なんだ、と集団の中に分け入ってみると、「どこだどこだ」「あそこだあそこ!」とみんな口々に鳥探しに夢中になっている。近くの女性に訪ねてみると、「タマシギ」という珍しい鳥が一羽、草むらに潜んでいるらしい。「動くな動くな、こちらがじっとしていりゃ向こうが動いてくれる」なんてシブく唸る玄人風のおじさんもいたりで、ほとんどセレブを追い回すパパラッチみたいな大騒ぎ。これもまたバードウォッチングの一側面でもある。
「ポケモンの『ポケデックス』じゃないですが、ノートを持参して、その日に見た鳥の名前をメモしておいて、自分だけの図鑑を作っていくのも面白いですよ。自分の好きな鳥がわかってくると、さらに鳥を探すのが楽しくなるはずです」(オライオンさん)。確かにバードウォッチングを一度でも体験してみると、今まで何となく見ていただけの風景の中にも鳥の声や姿を探すようになる。景色の見え方が少しだけ変わったような気がする。もっともっと鳥の名前や鳴き声を覚えたい。そして、いつかこんな風に答えたいもんだ。「ツピーツピーツピーツピー? ああ、それはシジュウカラ、でなければヒガラかヤマガラのさえずりかもしれないね」。
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