CULTURE

二十歳のとき、何をしていたか? / 渡辺謙

2021.05.08(Sat)

photo: Takeshi Abe
styling: Junko Baba
hair & make: Tomomi Tsutsui (PSYCHE)
text: Keisuke Kagiwada
2021年6月 890号初出

「お前、本当にこのまま役者を続けたいのか?」自分にそう問いかけ続けた20代前半。覚悟が決まったのはひとつの舞台がきっかけだった。

衣装協力 : BRUNELLO CUCINELLI(ブルネロ クチネリ☎03·5276·8300) 
カルティエ(カルティエ カスタマー サービスセンター☎0120·301·757)

 舞台『ピサロ』の稽古最終日〝芝居の神〟と出会う。

「僕はあのとき、かっこよく言っちゃうと、〝芝居の神様〟に出会ったんです」

 俳優の渡辺謙さんが、〝啓示〟とでも言うべきそんな体験をしたのは、26歳のとき。インカ帝国の征服を目論むスペイン将軍ピサロと、インカの王アタウアルパの対立を描く舞台、『ピサロ』の稽古最終日のことだという。同作では、山﨑努さんがピサロを、渡辺さんがアタウアルパを、それぞれ演じていた。

「ラストシーンを演じていると、『今、世界には俺たちしかいない』と錯覚するような瞬間があったんです。稽古中だから美術も仮のものだし、衣装も照明もなかったんですけど、スポットライトを浴びているというか。そのとき、『僕はこのまま役者をしていいんだ』って確信が持てたんです」

「『ピサロ』以前は、ずっと霧の中を闇雲に走り回っていました」。渡辺さんがそう表現する暗中模索の俳優人生が幕を開けたのは、19歳のとき。故郷である新潟から上京した渡辺さんが、芥川比呂志さん演出による演劇集団円の公演『夜叉ヶ池』に感銘を受け、翌年、同劇団の研究所の門を叩いたときから始まる。

「結局、役者になるってことがどういうことか、まったくわかっていなかったんです。文学青年でもなかったし。ただ、同期にはすごい熱い連中が多かったので、やっぱりそういう同世代と触れ合うと、人って覚醒するじゃないですか? そういう中で、だんだんと自分の体温を上げていったんですが、研究所にいた3年間で霧が晴れることはありませんでした」

 そんな懊悩を抱えるなか、初めて大役の話が舞い込んできたのは、研究所2年目に差し掛かった頃。演劇界のレジェンド、蜷川幸雄さん演出の舞台『下谷万年町物語』に抜擢されたのだ。

「バイト先に蜷川さんの関係者がいて、『若い人を探しているからオーディションに行ってみれば?』と誘われて、そのまま受かっちゃったんです。でも、まだ自分の方法論がないまま、縄をつけられて、引きずり回されちゃうわけですから、過酷でしたよね。今ならパワハラ、モラハラみたいなことも当然のようにある時代でしたし。舞台上には不忍池のセットがあって、僕はその中からずぶ濡れで登場するんですが、本当に泥沼の中をズブズブと歩いている気分でした。途中で『もう嫌だ』って逃げたくなりましたもん。まぁ、それまで研究所では3日くらいしか芝居をしたことがなかったわけですから、いきなり25日やれって言われたってできるわけがないんですけど。今思えばもっとやれたなってこともあるし、もったいなかったです」

 その悔しさをバネに、日々の稽古に励み、舞台や映画に出演した渡辺さん。しかし、自分が一生の仕事として俳優をやりたいのかどうか、その確信だけはまだ得られなかったという。そんななか、「これがダメだったら別の道も考えよう」という覚悟で挑んだのが、『ピサロ』だった。あれから36年、渡辺さんは今年、再び『ピサロ』の舞台に立つ。今度はアタウアルパではなく、ピサロとして。

「お話をいただいて、『面白そう!』と軽はずみに引き受けちゃったんですが、こんなに大変な芝居だとは思いませんでした(笑)。当時は小僧だったから、本当の意味ではこの芝居のことをわかってなかったのかもしれません。そもそも基本的に物覚えが悪いので、いろんなことを忘れているんですけど(笑)。ただ、さっきもお話ししたラストシーンを演じていると、『そうそうこういう感じ』っていう手応えがあったんですよ。そのとき、何十年たとうが、この脚本が目指している最終地点っていうのは変わらないんだなと気付かされました」

渡辺さんが“芝居の神様”に出会った『ピサロ』公演時の写真。「あのとき、ピサロを演じた山さんはまだ40代だったと思うんです。その点、今の僕は60代ですから、死が間近に迫ったピサロを演じるには有利かなとは思っています。ある程度キャリアを積んできて、これからどうしようかというときに、この役を演じられるのはよかったなと思っています」と渡辺さんは意気込みを語る。
写真提供:株式会社パルコ 撮影:山田眞三

 伊丹十三さんのこと。そして、舞台と映画の違い。

 ところで、英国人戯曲作家ピーター・シェーファー作の『ピサロ』を日本語訳したのは、かの伊丹十三さんである。渡辺さんが山﨑さんとともに伊丹さんの監督作『タンポポ』に出演したのは、『ピサロ』が千秋楽を迎えた直後のこと。「舞台を観た伊丹さんが『山さん(山﨑さんのこと)、あいついいね』と呼んでくださったんでしょうね」と渡辺さんは語るが、撮影現場での伊丹さんは、どんな感じだったのだろうか。

「すごく確固たるものを持っているんだけど、役者には自由に演じられる余地をちゃんと残してくれる方という印象でしたね。僕なんかはできないから、とてもきっちり演出してくれましたが、山さんなんかに対してはそうでした。ただ、僕は主人公であるタンポポを中心としたシーンしか出てないから、完成版を観て驚きましたけど。こんな斬新な作品だったのかって(笑)」

 また、渡辺さんは伊丹さんの印象を「本当に映画が好きな人」とも表現する。

「実は伊丹さんとはその前に『瀬戸内少年野球団』で共演しているんです。一緒のシーンはあまりなかったんですが。僕はカメラマンを務めていた宮川一夫さんにかわいがってもらっていたので、撮影がないときも現場に遊びに行っていて。そのとき伊丹さんが大滝秀治さんと話しているのを見つけて、輪には入れないけど、聞き耳を立てたりしていました(笑)。たしかゴダールについての本を書いているとか言っていましたね。そんなふうに、ずっと映画の話をされていたのを覚えています」

『タンポポ』の翌年には、「これも僕が20代のときに出た中では思い出深いです。ある世界観をしっかり背負って演じることができたので、やりがいもありました」と渡辺さんが語る『海と毒薬』も公開される。こうして舞台のみならず、映画にも数々出演し、今ではハリウッド俳優という印象も強くある渡辺さんだが、映画撮影中に〝芝居の神様〟に出会うことはあったのだろうか。

「それはありませんね。やっぱり映画と舞台は違うんですよ。舞台はリアルタイムで作っていくもので、その中で役者の芝居もそのつど昇華されていく。だけど、映画は役者1人では成立しないんですよ。映画において、僕らの演技はあくまで素材でしかないんです。それを監督が編集したり、サウンドを入れたりして、成立する。だから、あるワンシーンでこっちが『やったー』みたいに思っていると、映画にとってはろくでもないものだったりする(笑)。出来上がったのを観て、すごいなと思うことはあるけど、そのときはもう監督に委ねちゃった後なので。映画はそこが楽しかったりするんですけど」

「役者として物心がついて、ようやく目指すべき場所がわかった時期ですかね。遠い……相当に遠いんだけど、『あそこだ!』って」と渡辺さんは自身の20代を総括する。現在、その目指すべき場所に立っているのだろうか? 最後にそう問うてみると、渡辺さんは首をゆっくりと横に振り、こうつぶやいた。

「ずっとその手前をさまよっています」

プロフィール

渡辺謙

わたなべ・けん|1959年、新潟県生まれ。近年の出演映画に『Fukushima 50』『名探偵ピカチュウ』『ベル・カント とらわれのアリア』『追憶の森』『怒り』など。舞台PARCO PRODUCE 2021『ピサロ』は5月15日から6月6日までPARCO劇場で公演される。

取材メモ

24歳の頃、渡辺さんはラジオドラマに出演していたという。「当時のマネージャーが丁寧に育ててくれる人で、『舞台役者は映像でも舞台の演技をしてしまうから、両者の中間的な演技が求められる、ラジオをやったほうがいい』って仕事をとってきてくれたんです」。このラジオドラマを1年務めた後に出演したのが、『瀬戸内少年野球団』。その成果か、京都の撮影所の怖いスタッフたちにも認められる演技ができたそう。

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